Wednesday, 28 December 2011

2011年 志村正彦展 「路地裏の僕たち」から、来られなかったファンの皆さんへ 企画展レポート1



時がたつのは早いもので、企画展からもう4日。
今年も残り3日となりました。

改めまして、12月23,24日に開催された「志村正彦展 路地裏の僕たち」にいらして下さった皆様、本当にありがとうございました。
富士吉田市や山梨県のみならず、日本全国から多くの方がいらして下さいましたこと、本当に嬉しく思っております。

大盛況で、予想以上に待ち時間が長くなってしまったにも関わらず、皆さん、きちんとお行儀良く並んで下さり、ありがとうございました。会場に入ってからも列は乱れず、静かにマナーを守って下さる皆様をみて、ファンの一人としてとても誇らしかったです。

そして気持ちがあっても来られなかったファンの皆さん。
実行委員の皆さんの温かいお計らいにより、「志村正彦展 路地裏の僕たち」について、詳しくお伝えできることとなりました。

「当日の雰囲気を、来られなかった皆さんにも感じてもらえたら・・・。」

同級生の皆さんのお気持ちに恥じないよう、一生懸命書かせていただきたいと思います。
今日から数回に分けて、可能な限りの画像も添えて、お伝え致します。

23日も24日も、素晴らしい天候に恵まれ、市民会館からは雪化粧をした素晴らしい富士山を望むことができました。「富士吉田の印象は、平凡ですが、富士山がびっくりするぐらい大きかった!!」という他県からのファンが、とても多かったですね。
青空にグレーの建物が、映えていました。

入り口では、「志村正彦展 路地裏の僕たち」の看板が(上参照)、お迎えしてくれました。


皆さんご存知の通り、「志村正彦展 路地裏の僕たち」は、富士吉田に住む志村君の小中高の同級生と地元ファンによって開催されました。
この企画展がどのような思いから始まったのかを、志村ファンの皆さんにはぜひ知っていただきたきたく、会場に静かに掲げてあった言葉をここに記します。
この中に、皆さんの気持ちが集約されているからです。

(「路地裏の僕たち」実行委員会の皆さん。
両国国技館のDVDみたいでしょ?)


富士吉田市出身の志村正彦率いるロックバンド「フジファブリック」は、TVやメディアなどに露出することなく独自の音楽性を貫くスタイルにより、広くお茶の間に知れ渡るグループではありませんが、富士吉田の人たちが想像する以上に多くのファンに愛されているグループです。


下吉田第一小学校、下吉田中学校と吉田高校で出会った同級生で2000年に結成したバンドはデビューを目指し上京、紆余曲折を経て2002年にはインディーズ1stアルバムを発表2004年にはメジャーデビューを果たし、志村正彦の創り出すその独創的な詩と旋律、そしてその作品に命を吹き込む彼のボーカルに多くのファンが魅了されていきます。
2005年、2008年にアルバムを発表、
ライブ活動も日比谷野外大音楽堂、両国国技館と年々規模を拡大していきました。

更に2008年5月31日には志村正彦にとって大きな夢だった富士五湖文化センターでのライブを実施。ファンで埋め尽くされた会場には志村正彦の同級生もたくさん集まり、中学生時代の大地讃頌で始まったライブはファンの間では今も伝説となっています。

2009年5月、新たなステージを迎えた4枚目のアルバムを発表し、更に大きな活躍が期待されていましたが、同年12月24日、志村正彦は突然この世を去ってしまいました。
生前、志村正彦は富士吉田を心から愛し、
その想いを歌に残しています。またインタビュー記事などでも必ず富士吉田を話題にし、の心にはいつも富士吉田が大きく存在していたことと思います。
そんな彼の愛した富士吉田を、
多くのファンは今も想い続けており下吉田周辺ではファンらしき若者が市内を散策している姿を頻繁見かけます。

 同級生である僕たちは、誰もが子どもの頃に持っていた「夢」をずっと追い続けた同級生の「まさひこ」への思いを、ファンはもちろん富士吉田の人たちに知ってもらいたくこの企画を立ち上げました
志村正彦の残した音楽の足跡と彼の音楽に対する熱い想い、
同級生「まさひこ」への僕たちの想い、そして志村正彦をいつまでも想い続けてくれるファンの思い、この3つの想いを、「まさひこ」のご両親に全面的にご協力いただき展示します。
くしくも企画展は彼の3回忌の日となりましたが、
ぜひしんみりすることなく、僕らと共に「まさひこ」を感じて楽しんで欲しいと思います。


こんな企画を開くことができたこと、無理なお願いを笑顔で引き受けてくれた「まさひこ」のご両親、「まさひこ」が大変お世話になった事務所、関係者の皆様。そしていつまでも「まさひこ」を愛してくれるファンの皆さま、「まさひこ」がいつまでも愛していた富士吉田の皆さま。そしてフジファブリックを続けることに決意してくれたメンバーに感謝します。ありがとう。




志村正彦展「路地裏の僕たち」実行委員会一同


当日の朝、お客様を招き入れる開場10時直前に、同級生の皆さんが心を一つにすべく、中学時代の思い出の曲「大地賛頌」を大合唱しているのを聴きました。
バスとテノールだけで構成される渋い大人の男の「大地賛頌」(実行委員全員が男性という理由から)。声は渋くカッコよく、でも中学生のような表情をする皆さんの顔を見ていたら、「これからすごいことが、始まるんだ。」という高揚感に、胸がドキドキしてしまいました。


次回からは展示品について、お伝え致します。
大きな志村君の写真に出迎えられ、ファンの皆さんからの色紙や絵。ライブの写真。「まさひこ」の思い出の写真。フジファブリック・志村正彦の楽器や衣装。山梨の高校生や正彦君の恩師が描いた肖像画。
まだまだたくさんありました!



会場ではフジファブリックの曲がずっとかかっていましたが、今日の一曲はやはり「陽炎」です。
「英雄気取った 路地裏の僕」は、今でもこの仲間たちの「英雄」です!



Saturday, 24 December 2011

愛の機能



今年もまた、クリスマスイブという日を迎えました。

昨年は、「なぜ神様は、クリスマスイブという特別な日に、志村君を連れて行ってしまったのだろう。」という思いが強く、その気持ちから記事を書きました。今年もこの特別な日に、ぐるぐるといろいろなことを考えました。

思い出したのは司馬遼太郎さんのエッセイ、「愛の機能」です。
司馬さんは、言います。

恋人にしろ、夫婦にしろ、理解しあった、と思っているのは、互いによさそうに錯覚しているだけのこと。人間、凄味をかくして暮らしている。その自分のもつ凄味にふるえあがったればこそ、釈迦や親鸞やキリストが出たのだ。
人間、百万千万一億も理解しあったところで、可愛らしくはならない。互いに可愛らしい生きものではない。そのために神は、愛を作った。愛という、理解を絶っしたふしぎな機能を作った。ただ愛のみによって、凄味をもった人間が相寄ることができた。友情も、親子も理解ではない。ましてや男女の敵は理解である。

そして、司馬さんは、静かに語ります。

平凡なことだが、愛情しかない。理解は地上のものであり、愛情は天からくるものである。なぜならば神が与えたものだからだ。



今回の企画展には、実に多くのファンの方が県内のみならず、日本全国からいらして下さいました。そして、この企画展を初めに企画して下さった連合自治会の皆さん、主催の同級生と地元ファン。
一人一人、色々な想いを胸に秘めていらしたでしょうが、全員が共通して持っていたものは、志村正彦君への愛情だったと思います。人間の凄味を悠に超える愛情。

皆さんは、初めてフジファブリックの音楽を聴いた日のことを覚えていらっしゃいますか。
無二の音楽と歌詞を好きになるのに、「理解」など必要ありませんでしたよね。フジファブリックの音楽が、志村正彦くんが好き。
それに尽きます。



今年は昨年とは全く違う形で、地元山梨でも志村君のご命日を迎えることができました。志村君への変わらぬ愛情を、実に大勢の皆さんに見せて頂いたこと、本当に感謝しています。

企画を立ち上げて下さった、地元連合自治会の皆様。皆様の文化祭が作ってくださった大きな大きなきっかけがあったからこそ、今があります。
主催・実行して下さった同級生と地元ファンの皆様。私達には分からない、多くのご苦労がおありになったと思います。
大事な息子さんの思い出の品々を、快く公開して下さった正彦君のご両親様。ファンのためにという温かい気持ちが、皆に伝わったに違いありません。
臨時停車をして下さった、富士急行の皆様。遠くからきたファンが、とても助かりました。
新倉浅間神社、志村家の菩提寺他、志村くんにゆかりのある土地の皆様。常日頃より変わらぬ温かいお心遣いに、ファンはいつも感謝しております。
山梨日日新聞の記者、YBSテレビの方々、地元でこのニュースが流れたことが、今後のとても大きなステップになったと思います。
そして富士吉田まで来て下さった多くのファンの皆様。気持ちがあっても残念ながら来られなかったファンの皆様。皆さんの思いが身に染みる企画展でした。
このほかにも、多くの方々がこの企画に携わってくださいました。

皆さん、本当に本当にありがとうございました。

私は「これから世界が志村正彦くんの価値に気付くんだ。」と、いつも思っています。このブログもそういう思いから、始まりました。
志村君が大きく世界に羽ばたいていくのを、これからも皆さんと一緒に見守っていけたら幸いです。

最後に…。
志村君、ありがとう。あなたは、私たちの誇りです。ずっとずっと大好きだよ!!

<嬉しいお知らせ>
今回の企画展に気持ちがあっても来られなかったファンの方に、嬉しい朗報です!
実行委員の方々の温かいおはからいにより、このブログ内にて企画展の一部を、ご紹介できることとなりました!!
企画展の熱い思いをできるだけフジファブリックファンの皆さんにお届けできるように、次回から何回かに分けて、記事にさせていただきます。
乞うご期待!

Friday, 23 December 2011

志村正彦展 初日

富士吉田市で開催されている「志村正彦展 路地裏の僕たち」、無事初日が終了致しました。
明日いらっしゃるファンの楽しみが無くなってしまうので、今夜は展示についての詳しい説明はご遠慮させて頂きますが、大盛況だったことをご報告させていただきます。

会場が開く午前10時前からファンの列ができ、それはみるみるうちに長くなり・・・。一日を通して平均待ち時間1~2時間と、大変な混雑ぶりでした。ファンの方に伺うと、退屈しのぎに前後の方といろいろなお話をしながら、待ち時間をすごした方もいらしたそうです。

市民会館の駐車場では普段あまり見かけない、名古屋、神戸、多摩など他県ナンバーもちょこちょこと見かけました。

下吉田駅隣の駅カフェには、志村ファンが楽しめるサプライズも・・・。同級生の皆さん、ナイスアイデアです!明日いらっしゃるファンのためにも、ここまでにしておきます。


この企画展、昨日は山梨日日新聞の社会面(芸能面ではなく、社会面です!社会現象として取り上げられるということは、すごいことです)に、今日は夕方6時のYBS放送県内ニュースの中で大々的に取り上げられていました。とにかく、富士吉田の街全体が、志村フェスティバルかのごとく、盛り上がっております!!

明日は最終日です。
東部富士五湖地方は、最高気温4℃、最低気温-8℃と明日も寒くなりそうですが、くれぐれも防寒対策万全にいらして下さい。

Tuesday, 20 December 2011

志村正彦展 お天気情報


(河口湖の逆さ富士)

全国のフジファブリックファンの皆さん、山梨県の皆さん、「志村正彦展」までいよいよあと3日となりました。

ところで気になる当日のお天気ですが、企画展開催前日の22日に山梨県地方は「曇り一時雨か雪」、降水確率50%の予報となっております(平成23年12月20日11時現在)。予想最高気温は10℃(6~14℃)、予想最低気温は0℃(-2~2℃)です。

前日の22日からいらっしゃる方は、寒さ対策に合わせて雨具もお持ちになったほうがよろしいかと思います。またくれぐれも濡れた道でスリップしませんように、ご注意下さい。夜から早朝にかけて、路面凍結いたします。

23日、24日は共に「晴れ時々曇り」で、降水確率は10%です。24日は予想最低気温-4℃と少し冷えこみますが、穏やかな天候に恵まれた素晴らしい企画展になりそうです。

今のところはこのような予想ですが、天気は刻々と変化していきますので、山梨県地方の詳しいお天気はこちらのサイトをご利用下さい。10分ごとに情報が更新されます。
甲府地方気象台
ちなみに「甲府」とありますが、富士吉田は甲府地方気象台の管轄内ですので、ご安心下さい。

私はこの「甲府地方気象台」のサイトが大好きで、中でも「季節現象の観測」をよく眺めております。自然豊かな山梨が他所にいても手に取るようにわかるので、よろしかったらご覧になってみて下さい。
各年の霜・氷・雪の初観測と終日がわかる「霜・氷・雪の記録」を始め、全国ニュースでも話題になる「富士山、甲斐駒ケ岳 初冠雪の記録」。「生物季節(植物・動物)の記録」では、季節を象徴する植物の開花や発芽、また動物や鳥、昆虫の初鳴や初見がわかります。ふるさとの季節の移ろいが感じられて、とても心の和むサイトです。

話がそれてしまいましたが、「陽炎」の路地裏や「浮雲」の「いつもの丘」を歩きながら、ぜひ「黒服の人」の寒さを体験してみて下さいね!

Sunday, 18 December 2011

「志村正彦展」 富士急行線に関する詳しい情報



昨日の記事に加えまして、富士急行線に関する詳しい情報が入ってきましたので、ここにお知らせ致します。


23日、24日の志村正彦展開催日に合わせ、富士急行線フジサン特急の一部とJR新宿駅と河口湖駅を結ぶ直通列車「ホリデー快速河口湖号」が下吉田駅で臨時停車することになりましたので、ご案内いたします。
 
1.一部のフジサン特急が下吉田駅に臨時停車
   下り(河口湖ゆき) 10:00~17:00の間
   上り(大月ゆき)   10:00~17:30の間
   上記時間に運転するフジサン特急が下吉田駅に
   臨時停車します。

2.JR中央線との直通電車が下吉田駅に停車します
   「ホリデー快速河口湖号」の臨時停車
   1号(河口湖行き) 新宿8:14発
   2号(新宿行き)   河口湖16:00発

 (ただし、当日の運行状況等により変更する場合があります)


富士急行さん、温かいおはからいありがとうございます。これで全国から集まるフジファブリックファンも、効率的よく富士吉田を散策することができます。

2008年5月に市民会館で行われたフジファブリック凱旋ライブの時、月光寺の駅に掲げられた横断幕に書いてあった温かい言葉が、今でも多くのファンの心に焼き付いています。

「夢よかなえ! 聴かせておくれよ フジファブリック!!」

そして、このブログでもよく使わせていただいているあの言葉。

「富士山の麓から 世界に響け! フジファブリック!!」

富士吉田の皆さんの温かい気持ちが、今回の企画展を可能としました。一ファンとして、本当にありがたいことだと思っています。
志村君、あなたの大好きな富士吉田の皆さんが、あなたのために一生懸命がんばって下さっているよ。

企画展まであと5日。
ファンの私たちにも、主催者の方々にも、忘れられない企画展になることと思います。 

Saturday, 17 December 2011

志村正彦展「路地裏の僕たち」




志村正彦展まで、いよいよ1週間をきりました。
富士吉田では志村君の同級生の皆さんが、着々と準備を進めて下さっています。


特別展の詳細が明らかになりましたので、ここにお知らせ致します。




(主  催)
 志村正彦展「路地裏の僕たち」実行委員会

(開催日時)
平成23年12月23日(金・祝)・24日(土)
午前10時~午後5時

(開催場所)
富士五湖文化センター(富士吉田市民会館)3階市民ギャラリー
(詳しい場所、交通アクセスにつきましては、こちらのホームページをご参照下さい。富士吉田市民会館 富士五湖文化センター)

(企画内容)
①志村正彦と音楽
・音楽活動で使用していた楽器、アンプ ライブで使用した衣装などを展示します。
・ライブ活動を収録したDVDなどを上映します。


②同級生「まさひこ」
 ・同級生の「まさひこ」との思い出を展示します。


③志村正彦とファン
  ・ファンの皆さまの志村正彦への想いを展示します。
  ・山梨県内の高校生の作品を展示します




また企画展当日には、地元富士急行さんの温かいお計らいにより、普段は停車しない特急とJR直通の快速が下吉田駅に停車することとなりましたので、合わせてお知らせ致します。


下吉田駅に志村スペシャルで停車する列車名
フジサン特急 
8:14新宿発のホリデー快速


全国のファンの皆さん、そして富士吉田市民、山梨県他地方の皆さん。
この色々な意味で「特別」な企画展に、山梨の生んだ世界に誇るミュージシャン、志村正彦くんがどれ程がんばっていたのか、ぜひ見にいらして下さい。
もし志村君が他の違う街で生まれ育っていたら、フジファブリックの音楽はなかったと私は確信しています。
あの街で、あのご家族に生まれ、あの仲間たちとあの自然の中で育ったからこそ、フジファブリックの音楽がある。

それを肌で感じて頂けたら、幸いです。

Thursday, 15 December 2011

世界のフジファブリック 番外編





久々の更新です。志村君、怠けていてゴメンなさい。

このブログでは、世界でフジファブリックの音楽がどのように評価されているかを、何度かご紹介して参りました。
今日はその番外編です。
このブログが始まって以来この1年半の間に、アクセスして下さった方々が住む国を、アクセス数の多い順にご紹介致します。






1位 アメリカ  2位以下を引き離してダントツトップは、アメリカです。ニューヨーク在住のファンが、コメントを英語で下さったこともあったぐらい(コメントというのは、なかなかつきにくいものなのです…)、Japanese Rockに対するアメリカ人の熱意が伺えます。在米日本人の人口も高いので、それも一つの理由かもしれません。

2位 オーストラリア  以前も記事にしましたが、フジファブリックの根強いファンがおります。オーストラリアには英語研修目的の日本人留学生も多いですが、英語で書かれた記事へのアクセスが目立ちますので、日本人が読んでくださっているのではないでしょう。

3位 マレーシア  コンスタントなアクセスが特徴です。こちらも英語の記事へのアクセスが集中するので、マレーシアにいる日本人ではないと思われます。

4位 英国  画像検索でくる方が多いです。ロックの本場ということを考えれば、英国は、まだまだ開拓の余地ありです。がんばります!

5位 ロシア  このブログを始める迄知らなかったのですが、東欧からのアクセスは目を見張るものがあります。フジファブリックが、どうしてこんなに東欧で人気なのか知っている方がいたら、ぜひ教えて下さい。フジファブリックが東欧デビューしたという話もきかないのですが(それともしていたのでしょうか)、かなりのファンがいるもよう。
ウクライナ、ルーマニアからは、コンスタントにアクセス有り。
そしてなぜか、「線香花火」に人気が集中!線香花火という日本独特の花火の説明を、初期の段階で記事にしたのも、そんな理由からでした。
ウクライナとルーマニアのファンの方、いつも読んで下さってありがとうございます。とっても励みになっています。いろいろ教えて頂きたいので、ブログ内容向上のためにも、コメント下さるとありがたいです。

6位 カナダ  アメリカと似た背景が伺われます。こちらにも根強いファンがいるもよう。

7位 フランス  ヨーロッパには、アジア大好き人間が結構おります。そのような方の趣向に、フジファブリックの曲や歌詞は絶対に合う!と、常々思ってきました。このフランスからのアクセス数が、それを顕著に表しているのではないかと、私は個人的に思っております。英語の記事へのアクセスが多いので、在仏日本人ではないでしょう。志村君が以前、「フランスでフジファブリックの曲が流れたらいいな。」と言っていました。そんな象徴的な国のように思います。

8位 インドネシア  インドネシアでは近年、日本文化への関心も高いので、そのような背景があるかと思われます。ただ宗教上の観点から、飲酒が歌詞に書かれている曲などには、もしかしたら抵抗があるのかもしれません。

いかがでしたか。予想外でしたか?それとも予想通りでしたでしょうか。
どこかの国の街角で、フジファブリックの音楽がかかっていることを想像しただけで、胸がわくわくします。

これからもどんどん成長してビッグになって、世界へ羽ばたいていって下さい!
富士山の麓から、世界へ響け!フジファブリック‼

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志村正彦展まで、残すところあと8日となりました。
富士吉田には初めてという方も、多いと思います。わざわざ遠くからお越しの皆様には、富士吉田で良い思い出を沢山作っていって頂きたいと願っております。
寒さ対策、万全でいらして下さい。富士吉田の街、坂も多いですから車も人も、スリップ注意!
富士吉田の街全体が、志村正彦展の一部であることを感じでいただければ幸いです。


フジフジ富士Qでは、茜色の夕日だけに留まらず、三日月、星、富士山、虫の声に至るまで演出した志村君ですから、なんだか今回もやってくれそうな予感!?です。

今日の一曲は、「同じ月」です。世界中の人が、同じ月を見ているんですよね。
(久々にYou Tubeの映像を貼り付けられます!)


Wednesday, 7 December 2011

今日は短い記事を一つ。

私の愛読書、「ネイティブ・アメリカン=叡智の守りびと」(スティーブ・ウォール+ ハービー・アーデン著 船木アデルみさ訳 築地書館)からの一節です。

何千年にも渡って受け継がれてきた先住民の叡智がおしえる薬草や儀式、踊りなどをもって、心や体の病を治すメディスン・マン(ウーマン)という人達が、アメリカンインディアンにはいます。
そのうちの一人、チャーリー・ナイト(ユート族)は楽器を奏で歌を歌い、こう言います。

「これであんたらはチャーリーという人間がわかったはずだ。わしの歌を知ったら、チャーリーを知ったことだ。みんな自分の歌を持っているんだ。神様は一人ひとりの人間に歌を授けてくれる。それによってみんな自分が誰であるかがわかるんだ。わしらの歌はわしらが誰であるかを教えてくれる。…(中省略)…どの歌を歌うかはわしの中にいる小さな人が教えてくれる。小さな人は神様のもとからやって来てチャーリーに歌を教えるんだ。歌を覚えるためにはその小さな人に耳を傾けなきゃいけないんだ。」

これはあくまでインディアンのメディスン・マンの話ですが、何となく志村君の作るフジファブリックの曲に同じものを感じるのは私だけでしょうか。
フジファブリックの曲を聴くと突如、独特の世界が広がり(いつもこのブログでいっている「フジファブリック・ワールド」のこと)、志村君を感じ、彼にしかできない曲がある。
病を治さないまでも、私達が苦しい時や悲しい時、嬉しい時にも心に寄り添ってくれるというファンはとても多いです。メディスン・マンの言葉を読んで、志村君が魂込めて書いていた曲の数々とちょっとダブりました。

今日の一曲は、「セレナーデ」です。一種独特の世界観で、イントロから一気にフジファブリック・ワールドに引き込まれます。これが「志村君」なのかなぁ…。
今日もまだ、You Tubeにリンク出来ませんが、ぜひお聴き下さい。

「志村正彦展」まで、あと15日。志村君がツアー・ファイナルにいつも言っていた言葉…「このツアーをしてくれたスタッフに拍手!来てくれたお客さんに拍手!そしてフジファブリックに拍手!」

私も真似をして…「企画スタッフの方々、ご苦労様です!全国から来て下さるファンの方々、ありがとう。そして…志村正彦くん、万歳!!」

Tuesday, 6 December 2011

フジファブリックらしさ

2007年9月号のRockin' On JAPANを読んでいましたら、志村君が曲紹介より「フジファブリックとは、何だろう。」と語っている興味深い記事がありましたので、ご紹介致します。

2007年9月5日にリリースされた「パッション・フルーツ」に関するインタビューです。「Surfer King」と同様、「フェスやツアーで盛り上がる曲」を意識して書いた曲だそうですが、曲紹介の後、話はフジファブリックのオリジナリティーについて進んで行きます。

フジファブリックのオリジナリティー、アイデンティティー、いうなれば「フジファブリックらしさ」について。
インタビュアーさん(「FAB BOOK」の小松香里さん)がいう通り、確かにフジファブリックは年齢とか世代観などが全然結び付いていなくて、それがバンドの面白さになっていると思います。

クラシック、ジャズ、民謡、エスニック、70年代のUKロック、昭和の歌謡曲、ハードロック、古き良き日の少年合唱団、ゴスペルなど、フジファブリックの音楽には実に多くのエッセンスが入っていて、ざっと私に考えられるだけでもこれだけあります。
なぜこれほどいろいろな事に、挑戦するのか。

志村君は語ります。

「理想とするのは、もうイントロが始まっただけで『おお、フジファブリックだね。』みたいなもの。将来的にはそういうふうになりたいんです。普遍性のあるメロディーがちゃんとあるバンド。」
そこに行き着く為に、あえて音楽的チャレンジャーになり、いろいろなネタを試してみることにより、「一筋縄ではいかないバンド」を確立したいという思いがありました。

「どこにも属さない。」のではなく、「どこにも属せない。」。
フジファブリックは、決して型にハマらない。
「このバンドは、何をやるかわからないぞ。何かやってくれるぞ。」というのが魅力のバンドでありたいと、志村君は思っていました。

でもその立ち位置は、一見心地良い様に見えて、実はとても不安定であるともいえます。唯の「ゴチャゴチャバンド」になってしまう危険性もあるわけですが、志村君はそこを天性の才能と努力で、「フジファブリック」を見事に築き上げました。
彼自身「そこは不安なとこでもあるんですけど、ちゃんと追求していきたいと思う。」と言い続け、そのスタンスを崩すことなく、ずっとずっと最後まで貫き通しました。

5つのアルバムを見てみると、多くのことにチャレンジし、上手に「フジファブリック」色になっている。そして曲の奥底には「フジファブリック」独特の「何か」が、一本通っている。

簡単なように聞こえるけれど、それはそれは大変な苦労だったと思います。そしてその理想を現実にできた志村正彦君は、本当に立派でした。

「志村正彦展」では、きっとそんな彼の軌跡も見られるのかな、と思います。
残すところ、あと17日。
志村君が如何に頑張っていたのか、皆さんぜひ見に来て下さい。

今日の一曲は、「Taifu」です。
こんな曲を書ける人は、もう現われないと思います。
機械の事情で、You Tubeにリンクできませんが、ぜひお聴きになって「フジファブリックらしさ」を感じて見て下さい。

Tuesday, 29 November 2011

甘酒

久しぶりの更新です。こちらバンコクは乾季に入り、過ごし易い季節となりました。
一部地域では未だに水が引かずにいますが、そんな水浸しの街とは対照的に、上を見上げれば日本の秋のような高く澄んだ青空が広がっています。もうすぐタイは、ツバメとトンボの季節です。

日本は、11月とは思えない暖かさだそうですね。
皆さんの住む街は、いかがですか。

依然手元に資料が無いので、今日は記憶を頼りに記事を書きたいと思います。

フジファブリックがデビューして間もない頃、何かのインタビューで志村君が「好きな食べ物、嫌いな食べ物を教えて下さい。」という質問に、「好きなものはメンマと甘酒。嫌いなものは肉の脂身ともずく酢。」と言っていたのを、思い出しました。
記憶が定かでは無いので恐縮ですが、以前テレビの音楽チャンネルでフジファブリックの特別番組を放送した時に、志村君は自分のおばあちゃんの作った甘酒が大好きで、その作り方を「3分クッキング」風に紹介していたことがあったと思います。

東京以南に住む皆さんからすると、山梨の冬は寒いです。盆地にある比較的温かい甲府でも、真冬はマイナス6,7度に下がる日もあります。普通の日でも、マイナス2,3度といったところでしょうか。
富士吉田は甲府よりも、大体5度程最高気温も最低気温も低く、雪も降ります。2010年の4月には、春の雪がふりましたっけ。
そのような気候ですから、甘酒の美味しさは格別です。
山梨だと麹よりも酒粕で作る甘酒の方が、一般的だと思います。(経験則に基づいているだけで、本当かどうかはわかりませんが…)志村君が紹介していたレシピも、酒粕の甘酒でした。

確か、

酒粕を一晩水に浸しふやかす。
火にかけ、弱火で焦がさないようにかき混ぜる。
お好みの量の砂糖を加え、最後に生姜の絞り汁をいれる。

というものだったと思います。

寒い日に学校から帰って来て、こたつで甘酒を飲むのは、冬の楽しみの一つです。志村少年も、冬の楽しいそして美味しい一コマとして、懐かしく思い出したのかも知れません。

今日の一曲は、「黒服の人」です。
大切な人を亡くし、故人を送り出す告別式の様子が歌われていて、ロックには珍しい題材を扱った曲として知られています。富士吉田の冬の情景が、目に浮かぶようです。あの頃はセレモニーホールなどというものはまだ無くて、皆家から故人を送り出していました。
今日もYou tubeのリンクが貼り付けられなくて、申し訳ありません。ぜひお聴きになってみて下さい。

Monday, 21 November 2011

水害お見舞い申し上げます

日本の、そして世界の方々に、フジファブリックの素晴らしさをご紹介するのがこのブログの目的でありながら、なかなか記事を更新出来ず申し訳ありません。
志村君、ごめんなさい。

タイに戻って参りました。

先日日本でもニュースになっていましたが、タイでは大規模洪水が発生し、テレビで見るよりもずっと深刻な状態になっております。私事で恐縮なのですが、我が家も多大なる被害を被ってしまい、未だに家へはボートでしか帰ることができず、持ち出せる荷物が最低限に限られてしまうため、フジファブリックに関連する資料を家から持ってくることが出来ないままでいます。

これから1ヶ月の間は、いつも以上に?勝手な妄想と想像の溢れるフジファブリック記事になるかもしれませんが、お許し下さい。今回の日本帰国中に入手した資料を見ながら、出来るだけのことをしたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

愛するタイの皆さん、お見舞いを申し上げます。
洪水で亡くなった500人を越す方々、心からお悔やみ申し上げます。
日本とタイに深い所縁のある者として、今年程悲しい年はありませんでした。「折れちゃいそうな 心だけど 君からもらった 心がある」

今日の一曲は、「ルーティーン」ですが、先述の諸事情によりYou Tubeの映像をリンクできません。こんな時だからこそ、心に響き寄り添ってくれる「ルーティーン」。名曲です。ぜひお聴き下さい。

Thursday, 17 November 2011

延期になっていた志村正彦展 開催日時と場所のお知らせ

クリックすると新しいウィンドウで開きます

フジファブリックファンの皆様、お待たせ致しました。

延期になっていた「志村正彦展」 開催日時と場所の詳細が発表されましたので、ここにお知らせ致します。

日時 : 12月23日(金)、24日(土)
AM10時 ~ PM5時
    場所 : 富士吉田市民会館(富士五湖文化センター) 3階 市民ギャラリー
山梨県富士吉田市緑ヶ丘2-5-23
交通アクセスなどについては、こちらのホームページをご参照ください。
ふじさんホール 富士吉田市民会館・富士五湖文化センター

思い出の富士吉田凱旋ライブを開催した富士吉田市民会館にて、開催されることとなりました。
志村君ご本人にとっても、ご家族や地元の友人、全国のファンにとっても忘れることのできないあの市民会館です。


運命的なものを感じるのは、私だけでしょうか。


「この新町から、偉大な音楽家が出たということを、皆さんに知っていただきたい。」という、新町連合自治会の皆さんの思いから始まったこの企画展。その大切な思いは変わらぬまま、正彦君の同級生と地元ファンに引き継がれました。


今まで行われた様々なフジファブリック企画展の中で、今回のものがなぜ特別なのか。


一つは、志村君が愛した故郷で行われるものだということでしょう。
多くの楽曲の底に流れる富士吉田を肌で感じながら、彼の思い出の品々を見られる幸せは、なかなか味わうことができない貴重なものです。

更にこの企画展が、「フジファブリック 志村正彦」になる前から彼を知る、地元の同級生やファンで企画・開催されるということです。
そこに、よこしまな動機が入り込む余地はありません。皆の思いは唯一つ、「志村正彦が、どれほどがんばったのか見てもらいたい。彼の偉業と音楽を、多くの人に知ってもらいたい。」。
ただ、それだけです。

そして当然のことながら、この企画展が志村君のご両親の協力なくして実現することはありませんでした。
陳列される品々のほとんどが、正彦くんのご実家から提供されるものだからです。
大切な息子さんの思い出の品々を公開することを、快く承諾して下さったご両親の思い。
きっと全国のファンに、とっておきの「ありがとう」の気持ちを込めたクリスマスプレゼントなのかな、と思いました。

こんなことだけを考えても、特別な企画展になること間違いなしです。

ファンの皆さん、ぜひこの機会に富士吉田にいらして下さい。
富士吉田の街、そのものが「志村正彦展」の一部であることを、肌で感じて頂けたら幸いです。

Saturday, 5 November 2011

「志村正彦展」によせる皆さんの温かい気持ち

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11月2日、富士急ハイランドに行ってきました。首都圏の人たちには「絶叫マシーンいっぱいの遊園地」として、フジファブリックファンには「夢のステージ」として知られている富士急ハイランドです。

帰り道に志村君ゆかりの場所を通っていたら、フジファブリックファンらしき方々の姿をちらほらとお見かけしました。

後から聞きましたところ、「志村正彦展」がキャンセルになった後でも「11月2,3日に富士吉田に来るつもりだったので、そのまま予定続行することにしました。」というファンの方が、何人も富士吉田にいらしていたそうです。
地元の文化祭を老人福祉センターで催している最中だった自治会や関係者の方々も、「せっかく遠方から、正彦君のために来てくれたんだから。」と、訪れたファンを忠霊塔や菩提寺にご案内して下さっていたと聞きました。

「企画展はなかったけど、志村君のふるさと富士吉田を、そして志村君を肌で感じられてよかった。来て本当によかったです。」と、ファンの皆さんがおっしゃっていたともききました。

わざわざ企画展が延期になったと知りながらも富士吉田までいらしてくださったファンの皆さん、正彦君を思い、温かいお心遣いをしてくださった新町連合自治会や老人福祉センターの皆さん、その他関係者の方々のお気持ちに、感動いたしました。
「志村正彦くんのファンでよかった。」と山梨を、志村正彦君を誇りに思い、胸がいっぱいになりました。

きっとこれから、フジファブリックファンは増え続けていくんだろうと思います。
昔からのファンに、彼が亡くなった後から好きになったファンが加わり、「一生、フジファブリックファンです。」という人の数は、増えていっても減ることはないとファンの一人として確信があるからです。

そして純粋に志村君のことを想い、彼の作った音楽を評価する人たちの気持ちが大きな原動力となり、志村君と彼の遺した曲たちは新たなる人生を歩みだすのだと思います。

今回富士吉田までいらしてくれたファンの皆さん、新町連合自治会の皆さん、老人福祉センターの皆さん、そしてその他関係者の皆さん、本当にありがとうございました。誰かを思う気持ちの大切さ、すばらしい感動をいただきました。

今日の一曲は、「茜色の夕日」。
夕焼けがきれいな季節ですね。フジファブリックの名曲中の名曲です。



Friday, 4 November 2011

南アルプスと富士山


今朝は、とってもきれいに甲府から山が見えました。(タイの洪水被害のため、予定を大幅変更して、まだ山梨に滞在中。ご心配くださりメールを下さった皆様、どうもありがとうございました)
ちょうど上の写真のような感じでした。(上は甲斐芙蓉ゴルフクラブからみた、南アルプス。2011年3月撮影)

甲府盆地は山に囲まれていますので、いつでも山が見えるような印象がありますが、
実は雨や雪が降るとモヤがかかってはっきり見えません。
また水蒸気があがってくるので、お昼の12時をすぎると晴れていても山の輪郭がぼんやりする日もあります。

「毎日富士山が見られて、うらやましいです。」というメールを、フジファブリックのファンの方にいただくことがあるのですが、実は水蒸気やら雲やらの影響で、毎日見えるわけでもないのです。
富士吉田でも同様で、「富士山の気の向くまま」という表現が適切かはわかりませんが、夏だと晴れていても雲に覆われていて見られないこともありますし、土砂降りの雨の中でも突然きれいな姿を見せてくれたり、とにかく不思議な山です。

私は個人的に「青い」富士山が大好きですが、そのような「青い」富士山をはっきりきれいに撮影するにはやはり朝方がお勧めです。
午後には白くぼやけることが多いのと、今の季節は日の入りが早いので夕方4時過ぎになると、富士山が夕焼けを受けてピンクや紫色になってしまうのです。

「富士山と紅葉」という日本的な構図で写真を撮りたいと思っているファンの方、早起きしてぜひきれいな写真を撮ってみてください。
きっと富士吉田のいい思い出になると思います。

今日の一曲は、「銀河」。
朝晩10度以下まで冷え込んできた富士吉田の街。ストーブがしまえるのは、一年のうちに3ヶ月ないなんて、きっと他県の人は想像もしていないでしょう。
澄み切った星空の季節がいよいよ到来です。



Sunday, 23 October 2011

続報!志村正彦展 延期のお知らせ

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志村正彦ファンの皆さん!嬉しい続報です!!

11月2,3日に富士吉田市立老人福祉センターで開催予定になっていた「志村正彦展」。志村君が育った新町の連合自治会の皆さんが、文化祭の一環として開催を予定していました。
富士吉田市では住民が芸術、手芸、書道等々自らの文化作品を発表する場として、各町でこのような文化祭を毎年文化の日の前後に行います。新町連合自治会でも、地元出身の音楽家として、志村君の曲や思い出の品々が発表される予定でした。

ところが、先行予約の受付けチケットを販売するライブなどとは違い、全国から集まるファンの皆さんの数を正確に把握するということは現実的に難しく、フジファブリックが行った数々のイベント動員数や志村会の参列者1万5千人いう事実を考慮すると、自治会の皆さんが例年にはないご苦労をしてしまう可能性が出てきました。

新町から出た偉大な音楽家、志村正彦君を町内外の皆さんに知ってもらいたい。」という富士吉田の皆さんの想いと、「志村君を富士吉田で感じたい。」というファンの想い。
両方の想いを成就すべく、201112月吉日、富士吉田市内の某会場にて(日時と場所については、後日このブログ内でお知らせいたします)志村正彦君の同級生と富士吉田のフジファブリックファンが「志村正彦展」を開催することに決定いたしました!!
1123日に企画されていたものは中止ではなく延期になりました旨、ここにお知らせ致します。

地元のフジファブリックファンとしてこれほど嬉しいことはありません。この日を心から待っていました。
「フジファブリック 志村正彦」以前の「志村正彦」を知る友人や地元のフジファブリックファンが、連合自治会の皆さんの熱い志を受け継ぎ企画する「志村正彦展」です。企画から開催まで、彼を慕う皆の気持ちがこもった企画展です。

Sunday, 16 October 2011

山梨に帰国中

昨夜、山梨に帰ってきました。
到着時には雨が降っていましたが、今朝から山梨は快晴です。
甲府では29度にもなり、富士山では初冠雪が記録されていたのに、今では雪がすっかり溶けて夏山のようになっています。

温かくて(熱くて?)、驚きました。
今日から一週間、山梨からローカルなニュースをお伝えいたします。

今日の一曲は、「NAGISAにて」です。
このレトロな響きが、くせになるフジファブリックです。



Monday, 10 October 2011

甲州弁の響きやいかに・・・甲州弁ラップ

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行楽日和のいいお天気を、フジファブリックファンの皆様楽しんでいらっしゃいますか。
金木犀開花情報をお送りいただいて、ありがとうございます。
志村君のふるさと、富士吉田でも、金木犀が今満開だそうです。

さて、このブログは、「世界に響け!フジファブリック!!」が主要目的なので、基本的に他のミュージシャンの音楽を紹介する機会はあまりないのですが、「甲州弁って、どういう響きなんですか。」「富士吉田に行ったけど、ネイティブな甲州弁?が聞けなかった。聞いてみたいのですが、どこで聞けますか。」などのお問い合わせが多いので、今日は「甲州弁の響き」について書きたいと思います。

以前「甲州弁サイト ウィキぺズラ」を記事で取り上げたことがありました。とても興味深いサイトですが、当然文字だとイントネーションはうまく伝わりません。

甲州弁の響きは、「強い」「荒っぽい」感じでしょうか。山梨県人同士が話をしているのを他地方の人が聞くと、「けんかをしている。」と聞こえるようです。山梨県の言葉は、語頭にアクセントがくる言葉が多いのと、印象的な接頭語・接尾語が頻繁につく、というのが原因と思われます。
でも九州や名古屋のフジファブリックファンに「優しい響き」といわれて、ちょっと目からうろこ・・・。志村君のあの雰囲気が、好印象を与えているような気もしますが。

今日は生?の響きを聞くために「甲州弁ラップ だっちもねえこんいっちょし」をご紹介しましょう。

ラップなので、抑揚があいまいといえばあいまいですが、とりあえず聞いてみてください。


この曲を歌っているのは原田喜照さん、昭和41年生まれ、都留市出身のミュージシャンです。
94年11月「山梨県を考えるパフォーマンス大会」にて「だっちもねえこんいっしょし」でグランプリを受賞。その後、テレビ出演などで反響を呼び、95年3月には「甲州弁3部作」CD「だっちもねえこんいっちょし」を発売。県内を中心に4千枚を越えるセールスを記録しました。

甲州弁(こうしゅうべん)は山梨県で話される方言ですが、山梨県内でも御坂山地と大菩薩嶺を境に東西で大きく方言が異なっており、西側の国中地方(甲府盆地)では東海東山方言の一種が、東側の郡内地方(富士吉田、上野原、大月など)では西関東方言の一種(郡内弁)が話されています。

原田さんは出身が都留市なので、郡内、富士吉田市と同じ地方です。
ただこの方甲府中心に活動なさっているそうで、これも甲州弁国中方言だと思います。郡内の甲州弁は微妙にちょっと違うのですが、そうはいっても、郡内の人にも充分わかる言葉です。

さて、山梨県人は別として、他地方の方はこの曲の歌詞が何パーセント位理解できるのでしょう。
100パーセント分かって怖い、純粋山梨県人の私も知りたいところです(笑)。もしリクエストがあれば、対訳いたします。

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山梨大学医学部付属病院では、他県出身の医師や看護婦には「甲州弁マニュアル」が配布されます。うそでも冗談でもありません。私は3人からこの証言をえましたので、本当です。

「腕がこそっぺえ。」(「腕ががさがさしている。」)とか「ここんとこおもてぇ~出ると、ひどろっちくてよくみえん。」(「最近外へ出ると、まぶしくてよく見えない。」)「あげっぽい。」(「吐き気がする。」)などとお年寄りにいわれても、医者や看護婦にきちんと症状が伝わらないことが多いからです。

ちなみにこのラップ曲のタイトル「だっちもねえこんいっちょし」は、「くだらないこと(つまらないこと)言うな」という意味です。
「だっちもねえ」は「くだらない」、「いっちょ」の「ちょ」は否定形、英語でいう「not」です。最後の「し」は文を命令形にします。

志村君は私達地元の人間からみると、とってもとっても標準語が上手で、インタビューやMCを見た限りほとんど山梨の訛りはまったくないように思われます。もしかしたら、意味は分かるけど使わないという子だったかもしれません。
(山梨のような地方都市には結構そういう子供たちがいます。)

また郡内地方の人達のほうが、国中地方の人達より「標準語と甲州弁の使い分け」が上手だと個人的には思います。郡内ですと、地元の人達だけが集まる場だと甲州弁を話しますが、他地方の方がいると、「誰にでも通じる日本語」(言語学者が「正確な標準語」と判定するかどうかは別として)を話します。
それに反して、国中地方、私の経験ですと特に南アルプス市(旧中巨摩郡。山梨の南西部)や南巨摩郡富士川町界隈の人達は、自分たちで標準語を話していると単に自分ひとりで思っている人?が、結構の割合でいます。

フジファブリックファンが富士吉田にいらっしゃって、「甲州弁を聞かなかった。」と思うのはこんな背景かとも思います。

お国言葉は、その地方の文化であり歴史であります。それぞれの土地の気候や風俗に合わせて発展してきた、文化の結晶であります。
山梨の人間にとって甲州弁は、標準語では言い表すことのできない物事を表現できる、大切な言語なのです。
他の地に行った時、ふと耳に入るとなにより懐かしくほっとする気持ちを、地方出身者の方にはお分かりいただけるでしょうか。

「ふるさとの なまりなつかし停車場の 人ごみの中に そを聞きに行く」(ふるさとを遠く離れて生活していると、ふるさとのなまりが懐かしい。ふるさとからの列車が着く駅の人込みに中へ、それをわざわざ聞きにいったことだ。)という石川啄木の句がありますが、お国言葉とはそういうものなのです。

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以前、山梨日日新聞に、「志村君が山梨県出身のミュージシャン達と東京で会った時、楽屋が甲州弁であふれて皆で盛り上がった。」という記事があったのを思い出しました。
志村日記でも、「めばちこ」(ものもらい)の話をしていましたね。

あんなに標準語が上手な志村君でも、甲州弁は忘れられない言葉だったのだと思います。

今日の一曲は、ミニアルバム「アラモルト」から「笑ってサヨナラ」です。ファンの中では根強い人気を誇りながらも、ライブではなかなか聴けなかった名曲です。


Friday, 7 October 2011

山梨の風景

(2011年4月初旬 甲府市よりみた富士)

11月2,3日に開催される「志村正彦展」に合わせて、首都圏その他地方から富士吉田旅行を考えていらっしゃるフジファブリックファンがいらっしゃることでしょう。そんなファンの皆さんに山梨の魅力をお伝えしたい!
そんな気持ちで、今日は「山梨の風景」について書きたいと思います。

志村君が「志村日記」でも言っていましたように、山梨県で「誇れるもの」というとまあ様々ありますが、やはり富士山がトップにくると思います。

富士山 日本一高い山 3,776m 山梨・静岡の境界

ということは結構知られているのですが、実は「日本で二番目に高い山」もわが山梨県にあるのです。
北岳(きただけ) 3,193m 山梨県南アルプス市

三番目は「奥穂高岳」(長野・岐阜の境界)ですが、「四番目に高い山」も山梨にあります。

間ノ岳(あいのだけ) 3,189m 山梨県南アルプス市

こうして見ていくと、日本の山標高順位100位中、実に19の山が山梨県にあります。山梨県中央部に位置する甲府盆地自体も、標高300メートルという比較的高いところにあり四方を山に囲まれていて、山梨県はまさに「山の国」なのです。

(中央線や中央道下り線で峠を越えていくと、気圧の変化で耳が「ポーン」としませんか。だんだん標高が高くなっているのです。)

全国的にはあまり知られていませんが、山梨には「山梨百名山」というのがあります。
興味がある方は、こちらのサイトをどうぞ。
山梨百名山

1997年、山梨県によって選定された県内の百名山です。
小・中・高の時に遠足で登る「お決まりの山」なども入っていて、県民にとっても親しみやすい山が多いかな、と思いました。
(ちなみにこの百名山の中で、他の山々は皆「某山系」に属しているのに、富士山だけは「独立峰」。カッコイイですね!やはり威厳があります)

皆さんがご想像される通り、山梨県はどこを見ても、山・山・山の風景なのです。


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(山梨県山梨市 西沢渓谷 - 「平成の名水百選」のひとつ」

標高1,000メートルの気圧は、ちょうど母親の胎内と同じ気圧で、人間が一番リラックスできるといわれています。山梨県は県土の80%が森林に覆われており、「山と自然」が豊富な土地柄です。

お隣長野県も山の国ですが、山梨県民は山梨の山とは違う印象を長野の山々から受けます。(一般論ではないかもしれませんが、少なくとも、私の周りの山梨県民は皆そう言っています。)
感覚的なものなので上手に表現できないのですが、「険しさ」「荒々しさ」「研ぎ澄まされたもの」を長野の山から感じます。山梨の山は、もっと「柔らかく」「ほんわり」「温かい」感じでしょうか。
どうしてでしょう・・・。気候の差でしょうか・・・。
長野県民も同じ感覚か聞いてみて、後日報告します。

「山に囲まれていて、閉塞感や威圧感を感じてのびのびできない。」とおっしゃる方もいますが、山梨で生まれ育つと山が近くにあるのが当たり前なので、あまり感じません。逆に山があると「守られている」ような、落ち着き安心するような気がします。

富士吉田に着いて富士山に圧倒された後、ぜひもう一度周りを見回して見てください。案外「小さな山」も多いことに気がつきます。志村君が18年間、見て育った山と空気を感じて、良い富士吉田土産にしてくださいね。

こちらのサイト「ビタミン山梨 都会で生きる女性たちに届けたい 山梨の栄養素」では、癒しの山梨をお伝えしています。山梨の「きれい」の魅力が満載です。

今日の一曲は、フジファブリック4thアルバムより「ルーティーン」。
昔は毎日繰り返される日常なんか、おもしろくもなんともなかったのに、あの時のことやものが今の自分を支えてくれているんだな、と思う日々です。
志村君、ありがとう。



Wednesday, 5 October 2011

Masahiko Shimura Exhibition in Fujiyoshida City

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Good news for Fujifabric fans!

On the 2nd & 3rd November 2011, Masahiko Shimura Exhibition will be held in Fujiyoshida Rojin Fukushi Kaikan (Designated Facility Covered by Public Aid Providing Care to the Elderly).
He is the vocalist and guitarist of Fujifabric (Japanese rock band).

Date :
November 2nd   10am ~ 6pm
                 3rd    10am ~ 1pm (close time is earlier than usual as it's a national holiday. Wake up early and visit us!)

Place : Fujiyoshida Rojin Fukushi Kaikan
           富士吉田市立老人福祉会館

Address : 961-1 Shimoyoshida, Fujiyoshida City, Yamanashi Prefecture 403-0004
               403-0004 山梨県富士吉田市下吉田961-1
Access : 12 minutes walk from Gekko-ji Station and 15 minutes walk from Shimo-yoshida Station on Fuji Kyuko Line.

Telephone Number : 0555-23-6230 (Not confirmed if an English speaker is available in the centre)

Entrance Fee : Free

Please have a look at the website of Fujiyoshida City for more details.
Public Facility for the Elderly in Fujiyoshida (in Japanese language)
Fujiyoshida Ciry Official English Website


Listen to the song, 'Anthem'. Does anything strike your heart? This is the world of Fujifabric!!

The exhibition is organized by United Shinmachi Town Neighbourhood Council - nothing to do with big organizations for commercial purposes.  In other words, Shimura kun's old neighbours are planning, organizing and putting up display in order to introduce the great musician form their town to the others.

Last year, a similar type of exhibition was held in his hometown, Fujiyoshida City, but because the target was local people who live around the town, it was not advertised widely in Japan. (It was reported on Yamanashi Daily Newspaper on 24th December 2010).
This year, it is opened up for everyone!

There will be many exhibits on display - Fujifabric's CD's since their debut, photos, newspaper articles on major and local newspapers which Shimura kun kept for himself, and more!
Thanks to Shimura kun's parents, and neighbourhood council, the exhibition has been made possible this year again.
As his neighbours, who have knows and loved him since little, are organizing it, it will be full of hand-made warmness, and his decency and genius show through exhibits for sure.

No matter if you are a Fujifabric fan or not, why don't you visit Masahiko Shimura Exhibition if on the tour in Fujiyoshida City?
Their music is as great as Mt. Fuji!!

Today's song is 'Teenager' in their 3rd album, 'Teenager'.
There are many other great songs of Fujifabric!





Saturday, 1 October 2011

ファンの皆さん、ありがとうございます!

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9月28日の記事「志村正彦展in富士吉田」を拡散して下さいましたフジファブリックファンの皆さん、本当に本当にありがとうございました。
あまりの大きい反響に、「どんな2日間になるんだろう。」と、ワクワクすると同時に、「亡くなってからもうすぐ2年という時間がたつというのに、今でもこんなに多くの人から愛されているんだな。」と、嬉しさと切なさが交じり合い胸がいっぱいです。

「富士吉田の皆に甘えちゃいけない。」と、自分を律し続けた志村君。
周りの大人や友人のツテを頼れば、こんなに楽なことはありません。それが分かっていながら、あえて「ひとりでゆくと 決めたのだろう」と、あれほどの才能があったにも関わらず、最後まで自分に厳しく努力を惜しまない人でした。

それは2008年に行われた富士吉田市民会館でのMCを聞けば、痛いほど伝わってきます。

志村君があそこまで、なぜふるさとを愛したのか。
私の憶測ですが、やはり自分の中の富士吉田が、いい思い出でいっぱいだったからだと思うのです。家族、友人をはじめ、彼の周りにいた多くの人や場所が、かけがえのないものであり、いいことも悪いこともひっくるめて「好き」だったからではないでしょうか。

まだデビューしたての時に、ラジオのインタビューで「山梨県人として、誇りをもっています。」と言っていましたっけ。それほど彼にとって、富士吉田は特別な場所でした。

その富士吉田で、志村正彦展が開催されるのです。
営利目的ではなく、純粋に「志村正彦という偉大な音楽家が、この下吉田から出たんだ。そしてこんなにがんばっていたんだ。彼の思い出の品を通して、多くの人に改めて知ってもらいたい。」そんな思いで始まった企画です。
彼の生まれ育った富士吉田の地で、天才音楽家、志村正彦を感じてもらいたいと切に願ってやみません。

今日の一曲は、「浮雲」です。
朝晩の冷え込みが厳しくなる企画展の頃には、忠霊塔の下草の香りがいっそう芳しくなるでしょう。



Wednesday, 28 September 2011

夜汽車 (English readers, please wait for the translation!)


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今日はフジファブリック1stアルバム「フジファブリック」から、10曲目「夜汽車」です。哀愁を誘うバラードナンバーで、抒情詩のような曲の数々が入ったアルバムを締めくくるのにふさわしい、情緒溢れる曲です。

個人的に私の大好きな曲の一つでもあります。

まず「夜汽車」というこのタイトルが、印象的ですね。ご存知のように、夜汽車とは夜行の汽車、夜行列車のことですが、「ナイト・トレイン」「夜行列車」といわれるよりレトロな趣があります。そしてそのレトロ感が、この曲を一層深いものにしています。

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歌詞をみていきましょう。

「あなた」と一緒に、町を出て田舎を通って走る夜汽車にゆられている。
しばらく話をした後、「あなた」は窓辺でうたた寝をしている。
窓から入る夜風。
「あなた」の顔を見ながら、考えている。
夜汽車が峠を越える頃、そっとあなたに 「本当の事を言おう」

どこにでもあるような日常のひとコマですが、静かに私たちの心に染み入ります。

「長いトンネルを抜ける」ということは、大きな山を越していくのだと推測できます。
「夜は更けていく 明かりは徐々に少なくなる」 
家々が多く立ち並ぶ町から、山間へと向かって行き、人家もまばらになってきます。

「眠りの森へ行く」
この「眠りの森」という表現は、「セレナーデ」(「若者のすべて」カップリング曲)の歌詞にも出てきますが、「眠る」「寝る」「転寝をする」「いねむりをする」などよりもずいぶんと詩的な感じになります。

髪が風に揺れる様子。気候のよい穏やかで静かな夜の雰囲気が、伝わってきます。

「峠を越える頃」に、「あなた」は起きているのか、眠っているのか。
はっきりと歌詞に書いてありませんが、私の個人的なイメージでは眠っているのかな、と思います。その眠っている「あなた」に、そっと静かに「本当のこと」を言おうとしているのです。あなたに聞こえていなくてもいいのです。ただ静かに「本当のこと」を言いたいのです。

「あなた」は女性かなと勝手に想像していますが、実はこちらも明記されてはいませんね。

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それがフジファブリックの魅力の一つです。

日本人の精神の中には、昔から「幽玄の美」といわれる日本独特の感性があります。
言葉の意味には直接現れなくても、目には定かに見えなくても、それゆえにこそその奥に人が感じることが可能な美の世界、それが幽玄の美です。

これは余情を重んじ、余分を省くことをよしとする日本人の心情の根底に流れている情緒のひとつで、日本人独特のものです。

言葉の数や種類が限られた中で、全てを表現しなければならなかった短詩(俳句、短歌など)にも大きな影響を受けています。
全ての感情や情景をくどくどと言うよりも、最低限の言葉を使い余情を残しつつ表現したほうが、かえって読み手がその「余情」の中で各々の想像力をふくらませ、伝わるものが大きかったりするわけです。

ただ、余情を大事にする「幽玄の美」は、少しの言葉で多くのことを考えることが可能なところにのみ成立します。読み手の想像力がある程度豊かであり、歌い手の伝えたいことと読み手の想像した感情や情景がほぼ一致する、というのも重要ポイントです。
この「幽玄の美」は、全てを言わずとも相手に通じる、同質の文化を共有するコミュニティーの中でこそ可能となった美の世界なのです。

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「夜汽車」の歌詞英訳は完了しましたが、外国人のファンに上手に志村君の伝えたかったものが伝わるかな・・・。この曲の中に流れる「余情」「幽玄」の美しさを伝えるために、次回の英語記事は工夫してみようと思います。

音楽については、お聴きの通りです。
アコースティック・ギターとエレキ・ギターが上手く調和し合い、ピアニカやオルガンの音がレトロに響き、郷愁を誘います。サビに入る直前3,4拍目に入るキーボードの音がなんともいえません。こういう細かいところ一つ一つが、志村君の音楽的なセンスと才能を改めて感じるところです。

最後に、個人的な感想をひとつ。あくまでも個人的な想像なので、ご承知ください。

私はこの曲を聴くたびに、中央線の下り線に乗って山梨へ帰る情景が頭に浮かんできます。
志村君自身が「この曲は、中央線や富士急行線に乗ったときのことを歌ったものです。」とは言っていませんし、もちろん私の想像だけなのですが、夜の中央線はこの「夜汽車」の歌詞そのままなのです。

東京から山梨までは、皆さんご存知のように電車でも車でも、大小様々な山を越えて行きます。道中、山を突っ切る長いトンネルもたくさんあります。
そして八王子あたりを過ぎると突然、人家がまばらになり明かりが徐々に少なくなります。富士吉田に行くには、大月駅というところで富士急行線に乗り換えます。大月から都留を抜け、富士吉田に向かって電車は走ります。

あの夜の風景、ふるさとがだんだん近づいてくるワクワクした気持ち、見慣れた街が見えてきた時の嬉しさと心躍る感情がよみがえるようです。

今日の一曲は、「夜汽車」です。
皆さんには、どんな「夜汽車」の思い出がありますか。


朗報! 志村正彦展 in 富士吉田

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フジファブリックファンの皆様に、朗報です!

2011年11月2日、3日(祝)の2日間にわたり、富士吉田市下吉田にある「富士吉田市立老人福祉センター」にて、「志村正彦展」が開催されます!!


志村君の生まれ育った町、新町の連合自治会が企画・開催する、地元の愛情があふれる会です。志村正彦ファン必見ですよ~!



 開催日時の詳細:
11月2日  午前10時~午後6時まで。 
3日(祝) 午前10時~午後1時まで(祝日のため、閉館時間が早くなっております。皆様、早起きしてきてくださいね!)
詳しい地図、アクセスなどは、こちらをどうぞ。  
富士吉田市立老人福祉センター



昨年11月1日~3日も、地元自治会では企画展を行い、大好評を博しました。(その模様は、2010年12月24日付け山梨日日新聞にて、閲覧可能)

今年は、もっともっとスケールが大きくなって、かえってきます!


老人福祉センター

フジファブリック・デビュー当時からのCDや写真、志村君が大切に保管していた自身の記事、山梨日日新聞に掲載されたフジファブリックの記事など、他にも多数思い出の品々が展示される予定です。

「音楽界に偉大な足跡を残した新町の若者のことを伝えたい」という富士吉田新町(しんまち)連合自治会の皆さん、また正彦君のご両親の協力により可能となりました。
幼い頃から彼を知る方たちが企画・展示・監修を行うため、手作り感あふれる素朴さの中に、飾り気の無い「素顔の志村君」を感じられる企画展になると思います。

フジファブリック・デビュー当時からのファンも、志村君が亡くなった後からのファンも、地元のファンも、県外ファンも、志村君に「触れる」ことができるこの機会、ぜひ富士吉田にいらしてください!
「いつか志村君の足跡を辿りに、富士吉田に行きたいな。」と、思っていらしたら、ぜひこの機会に!!

今日の一曲は、フジファブリック3rdアルバム「Teenager」より、「Teenager」です。
富士吉田で、この歌詞世界を肌で感じてくださいね。



Tuesday, 20 September 2011

Yabusame Festival (Translation of the posts on 18th, 20th September 2011)

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To English readers, thank you for your long patience!
Please accept my apology that I did not publish English posts so long.  Due to my crazy work schedule, it has been just so difficult for me to arrange some time to sit in front of the computer to be engaged in writing a post in English.
Sorry!!

Please accept many many thanks from me, too!
Despite the long absence of posts in English, I could see that many of you checked my blog if there was any new post coming up.

I will never give up my blog till I complete the work of translating all 86 Fujifabric songs to English.
Thank you for your support, my friends!

Today's post is about Yabusame Festival held on 18th and 19th September every year in Shimura kun's hometown, Fujiyoshida City.

Yabusame (流鏑馬) is a type of mounted archery in traditional Japanese archery. An archer on a running horse shoots special "turnip-headed" arrows successively at wooden targets.
This style of archery has its origins at the beginning of the Kamakura period (1185–1333). Minamoto no Yoritomo became alarmed at the lack of archery skills his samurai had. He organized yabusame as a form of practice.
Nowadays, the well-known places to see yabusame performed are at the Tsurugaoka Hachiman-gū in Kamakura and Shimogamo Shrine in Kyoto (during Aoi Matsuri in early May). It is also performed in Samukawa and on the beach at Zushi, as well as other locations.

Enjoy watching a video of Yabusame performed yesterday in Fujiyoshida City.
Yamanashi Daily Newspaper 19th September 2011 on Yabusame Festival

The one in Fujiyoshida is unique compared to the ones above.

It is not for the purpose of showing samurai's tradition and archery skills to the public, but  it is purely plays an important role in Shinto rituals.
Yabusame in Shimoyoshida is held in order to keep away fire and bad lucks from the town during autumn and winter because the god protecting the town is believed to come in spring and to leave in autumn.



Please refer to this interesting article written by Tara Lowe in Fujiyoshida City Official Website.
Yabusame Festival in Fujiyoshida

There are many stalls are set on streets to celebrate the ritual on these two days.  Shimura kun might have been to this festival with his friends in his childhood, and the Fujifabric's song, 'Mizuame To Wataame' might have been suggested by his actual memory at such local festivals.

Today's song is 'Mizuame To Wataame'.
Enjoy listening Fujifabric's classic!

小室浅間神社 やぶさめ祭りの動画

昨日、富士吉田市下吉田にある小室浅間神社で行われた流鏑馬(やぶさめ)祭りのもようが、動画で山梨日日新聞WEB版にてみられます。

2011年9月19日 吉凶占う流鏑馬祭り 動画

秋空の下、馬が颯爽と走る姿を見るのは、気持ちのよいものですね。
吉凶占いの結果が気になるところですが、どうか春までの間、穏やかな時が流れますように。

今日の一曲は「茜色の夕日」インディーズ・バージョンです。志村君、いい顔して歌っていますね。
今日は雨模様の山梨ですが、朝晩の涼しさに秋の訪れを感じる頃です。夕日のきれいな季節も、もうそこまできています。


Sunday, 18 September 2011

冨士山下宮 小室浅間神社 流鏑馬祭り

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今日9月18日は、流鏑馬(やぶさめ)宵宮祭が、明日19日は、例大祭 流鏑馬(やぶさめ)祭りが、富士吉田市下吉田にある「冨士山下宮 小室浅間神社」で行われます。
地元の人達に、「下浅間」と親しみをこめて呼ばれているこの神社は、フジファブリック・志村正彦くんファンの皆さんにもおなじみの場所です。

神社についての詳しい情報は、小室浅間神社 ホームページ 富士吉田市の観光情報 ふじよしだ観光振興サービス やぶさめ祭りを、ご覧ください。
また、このブログでも2010年11月14日記事に致しましたので、よろしかったらご参照ください。

富士吉田市無形文化財に指定されているこのやぶさめ祭り。
他のやぶさめ祭りとの大きな違いは、純粋なる「神事」であるという点です。

9月1日の「初馬揃式」に始まる多数の前儀をへて、やぶさめ祭りの前の一週間という期間、奉仕者は心身を祓い清めるために、俗世を離れ厳しい潔斎を行います。

祭りの後に馬のつけた足跡をみて、その年の吉凶を占いますが(「馬蹄占」)、馬蹄の吉凶を判断するのは世襲制で引き継がれてきた「占人」と呼ばれる地元の人々です。言い換えれば、長年にわたって先祖代々、神様にこの特別な役をご奉仕してきた血筋の者達が行うわけです。
宮司・巫女など、常日頃、神社に直接関わる仕事ではない一般の方が(もちろん特別な血筋の方たちですが)、特別な祭事にはこのような重要な役職をおうというのは、日本古来からある神道の教えを感じます。

この「占人」の選出が当初、どのように行われたのでしょうか。古のロマンです。

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下浅間のやぶさめは、朝夕役馬、山王祭の騎者などの古式が残る珍しいものでもあります。
境内にいたあの愛くるしいクリクリ目のお馬さんが、やぶさめで走るのでしょうが、いつものくつろいでいる姿しか知らない私には、祭事の凛々しい姿が想像もつきません。

富士吉田の方に聞くと、皆さん口を揃えて「上浅間には鹿。下浅間には馬。」と、おっしゃいます。
鹿は仏教でも神聖な動物とされ、タイの寺院などでも見かけます(仏様が悟りを開いて、初めて説法を聞かせたのが鹿だったから・・・と、タイ人に聞いたような・・・)。

神社に隣接する下吉田第一小学校(志村君の母校)では、運動会のときにやぶさめをテーマにしたプログラムがあり、生徒さんが親しみをこめて踊ったり歌ったりするそうです。
そろそろ運動会が近いですから、子供たちが一生懸命練習しているのかな。どんな踊りなんでしょうか。こちらも想像がふくらみます。

古の時を刻み、今尚、老若男女問わず地域の人達の心に根付く神社とお祭り。

今日の一曲は、フジファブリック2ndアルバム「FAB FOX」より、「水飴と綿飴」です。

多くの露店も並び、毎年大いに賑わうやぶさめ祭りですが、志村君も子供の頃に行ったのでしょうか。こういう特別な土地で生まれ育った人しか持ち合わせない感性が、こんないい曲を生むのかもしれません。



Monday, 12 September 2011

中秋の名月

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今年も、中秋の名月の季節がやってまりました。
バンコク市内は、ドリアン味、ジャックフルーツ味、栗味などの不思議な月餅であふれております。
屋敷神様のお社がある華僑の家では、季節の果物(パイナップル、バナナ、メロン、みかんなど。マンゴスチンは名前が悪いので不可)、月餅、菓子、お茶などを早朝から神様にお供えし、家族みんなで秋の収穫(タイに秋はありませんが)を感謝します。

日本のフジファブリックファンの皆さんも、今宵はまんまるお月様をご覧になっていらっしゃいますか。

今日は久しぶりに秋の訪れを感じるシングル四季盤第3弾「赤黄色の金木犀」を、見てみたいと思います。
秋という言葉を直接使わずして、秋を感じさせてくれる粋な曲です。

2004年9月29日、リリース。
カップリング曲は、「虫の祭り」です。
「折角日本人として生まれてきたのだから、その四季の美しさを表現できたらいいな、と思った。」と、以前インタビューで言っていた志村君。
一年の中で一番金木犀の花が咲く頃の陽気が好き、と言っていた彼にしか書けない、名曲です。

(最近都市部では、金木犀の花の香りを知らない子供たちも多いと聞きましたので、花について予備知識を深めたい方はこちらの2010年9月5日記事をご参照ください。外国人向けになっているので、日本人には少々くどいかもしれません。)

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2004年10月発売の「Breath」によると、2003年の夏(この年は猛暑だった)にこの曲は書かれたそうです。フジファブリックの曲作りは、「なにげない日常の風景を切り取って、その一瞬のことをパーッと書く」というスタイルで、この曲もそれがよく出ていると言っています。

サウンド的には、フジファブリックとしては珍しく、ギターが重要な楽器になっています。淡々と曲が始まって、徐々にサビに向かって熱くなっていき、歌詞もそれに準じています。
PVにしても、歌詞のままのドラマ仕立てなではなく、雰囲気は出しつつも、ちょっと違う感じにしたかったというフジファブリックの意向が表れているものになりました。

あの夕暮れ時の草原に佇む姿は、秋を感じます。

金木犀の咲く風景よりも、金木犀の香りをこの曲で思い出してくれたらいい。
志村君が皆さんに届けたかった金木犀の香り、今年もあと1ヶ月ほどです。

木犀が匂ふ蔭より日向より     古屋秀雄

今日の一曲は、「赤黄色の金木犀」です。
赤黄色という色の名称にも、日本人の趣を感じますね。


Monday, 5 September 2011

映画と志村君

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さて、やっと今週からいつもの生活に戻り、ブログに記事を書けそうですので、夏休み後、初めての「本格的な記事」にしたいと思います。

テーマは、「映画と志村正彦君」です。


9月23日(金・祝)に全国公開される映画「モテキ」のオープニングテーマに、「夜明けのビート」が抜擢されたフジファブリック。テレビで放映されたドラマに続いての、大躍進です。(詳細は、こちらの映画「モテキ」 公式ホームページで、ご覧ください)
フジファブリックが映画の主題歌を担当するのは、これで3回目となります。

フジファブリック7thシングル「蒼い鳥」と映画「悪魔探偵」。
エンディング・テーマとなった「蜃気楼」と「スクラップ・ヘブン」。
そして志村君が亡くなってからリリースされた「夜明けのビート」と今回の「モテキ」。

映画も漫画も大好きな志村君でしたから、漫画が原作の映画に自分の作った曲が採用されて、きっと喜んでくれていることでしょう。

志村君は、亡くなる直前に行われた佐藤江梨子さんとのインタビュー(「TONE」2010年2月号。残念ながら、志村君が生前、この記事を読むことは叶いませんでした)でも、映像世界への興味を語っています。

2ndアルバム「FAB FOX」の11曲目、「Birthday」にも
「ピアノにロックに文芸家にだった 監督だって 
しまいにゃ大統領にだってなれるよ なってやるよ なんてね」
という歌詞が出てきますが、この記事の中で志村君自身、映画監督をやってみたいと言っています。

フジファブリックがメジャーデビューしてからというもの、志村君はPVに関しては決して手を抜かず、ディレクターと度重なる打ち合わせをしているそうで、確かにフジファブリック独特の世界観が表現されています。
特に「四季盤」には、一種のこだわりを感じます。

フジファブリックのPVの特徴として、「メンバーひとり一人にスポットが当たる」というのがあります。
皆さん、お気づきになりましたか。

これは、PV作成よりずっと前、志村君が作曲する際、メンバー全員に(一つ一つの楽器やパートに)「華をもたせる」箇所を作っているので、映像におこした時にも必然的にひとりひとりスポットが当たるようになっているからだそうです。
「僕が監督だったらこういうことをやりたいというのは、いつも持っていたい。」
 この言葉から、映像に対してのこだわりが伝わってきます。

メジャーデビューしたての2005年頃、関西版「ぴあ」の巻末で、「フジファブリック 志村の 勝手にロードショー」というコーナーを担当していたことがありました。映画紹介をするコラムですが、字数の限られている中、実に明瞭に、簡潔に、ストーリー紹介があり、最後に志村君の挨拶?がチョコチョコっとこれまた淡々と述べられる、というコーナーです。

一般的なストーリー紹介と違い、ユニークで鋭い視点がなんとも新鮮で、映画に寄せる志村君の思いが伝わってきます。





2005年12月号では、「トゥルーへの手紙」という映画を取り上げています。
映画のあらすじは、こちらです。(著作権の問題から、志村君書下ろしのオリジナル記事を掲載できず、申し訳ありません)

本作の制作背景にあったのは、9・11アメリカ同時多発テロ。その日、グランド・ゼロがウェバーのオフィスや住居の目と鼻の先にあり、旅先で愛犬の消息を気遣うという恐怖の体験が発端だった。「この事件以来、すべては変わってしまった」とウェバーは言う。彼が飼っているゴールデン・レトリバーの末っ子、トゥルーに宛てた手紙という形式をとり、それを読みあげるというスタイルで、自分自身や隣人たちのドラマを綴ってゆく。登場するのは、トゥルーをはじめとするウェバーの愛犬たち、猫のタイソン、像のタイといった動物たち。犬と人間の友愛をテーマとした往年の名作ドラマ『名犬ラッシー』や『名犬リンチンチン』のフッテージが所々にインサートされる。一方で、ミッドウェイ海戦での日本の戦艦や、おびただしい数の戦闘機撃墜の記録、ベトナム戦争で逝った報道写真家ラリー・バローズの思い出、イラク空爆の映像などのイメージも混ぜ合わされる。ほか、伝説的サーファーのハービー・フレッチャー。9.11で叔父を亡くした農場の一家。ホーム・ムービーの褪色した映像に残された、プロヴァンスで過ごすダーク・ボガードと彼の恋人(とコーギー犬)。歌手であり女優のマリアンヌ・フェイスフルは詩を抒情豊かに朗読し、大の愛犬家でもある女優エリザベス・テイラーと彼女の大ファンであり、エイズで亡くなったウェバーの友人との逸話も収録されている。
(goo映画より)
詳しくはこちらのホームページをどうぞ。
「トゥルーへの手紙」公式ホームページ

「しんみり系」といいながらも、「自信作」と志村君が推奨しているこの映画、よろしかったらご覧になってみて下さい。

今日の一曲は、巷で噂の「夜明けのビート」です。
今月タワーレコード全店に貼り出されているフジファブリック・オリジナルポスター。
メンバーに志村君を加えて欲しかったな・・・と思うのは、私のわがままでしょうか。
作詞作曲、ボーカル&ギターも志村君なんだけどなぁ・・・。
秋風の訪れと共に、なんだか寂しい気持ちになりました。

Tuesday, 30 August 2011

1周年記念



ここ最近更新を怠っていながら、威張っていえることではないのですが、今日でこのブログは1周年記念を迎えることができました。

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

思い起こせばちょうど1年前の今日、志はありながらも一体自分にそんなことが果たしてできるのかどうか、悩みぬいていましたっけ。
でもいざ始めてみると、多くの方との貴重なご縁や応援、励ましを頂戴し、「志村君のために何かをしたい」と思っていたのに、結局またまた志村君にいろいろしていただくことばかりの自分に気付きました。

今日まで176の記事を書かせていただきましたが、まだまだフジファブリックの魅力は伝えきれるものではありません!

フジファブリックの曲、全曲86曲の完全英訳を目指し、日本だけでなく世界中にいるフジファブリックファンに、より深くフジファブリックワールドを楽しんでいただくために、これからもいろいろな記事を書いていきたいと思います。

拙いブログですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。

志村君が世界に大きく羽ばたいていくのを、日本中のフジファブリックファンと共に見届けることができますように・・・。

今日の一曲は、「夜汽車」。
若かりし頃の志村君が、目に浮かぶようです。


Monday, 29 August 2011

帰国

タイに戻ってまいりました。

雨季真っ只中のタイは、毎日雷が鳴り、バケツをひっくり返したような雨が降っています。庭を彩る花々はほとんど咲かず、緑が生い茂るのがタイの雨季で、「自然の摂理」のようなものを肌で感じる今日この頃です。

この2ヶ月は、諸事情により記事の更新が滞っております。
来週にはまた、いつものように記事が書けるようになると思いますが、ご理解のほどよろしくお願い致します。
誰よりも志村君、ごめんなさい。

本当に申し訳なく思っています。

休暇中に日本で収集した新たな資料を元に、引き続き皆様にフジファブリックの魅力をお伝えできたらと思っています。
フジファブリック、ばんざい!!

今日の一曲は、「バームクーヘン」。

Friday, 19 August 2011

吉田の火祭り

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今回の帰省も、残すところわずかとなりました。あっという間に夏休みも終わりです。

多忙な毎日でなかなかブログの更新もできずにいましたが、フジファブリックの楽曲全曲英訳を目指し、これからもがんばっていくつもりですので、末永くお付き合いください。

さて、富士吉田に毎日通っている甲府の知り合いが、今朝、教えてくれたところによりますと、富士吉田では火祭りの準備が着々と進んでいるそうです。金鳥居近くには大たいまつが設置され、すでに街はお祭りムードだそう。

富士吉田市に夏の終わりを告げる「吉田の火祭り」。
2011年8月26日に開催されます。

本番をあと10日ほどに控えた今月17日、国道139号線沿いに大たいまつが設置されました。

今年と昨年の世話人、約20名が大たいまつ(高さ3メートル、重さ約200キロ)の設置作業に追われました。この大たいまつは、7月下旬から富士吉田木材流通センターで職人さんたちが製作したもので、祭りの当日には計82本のたいまつに火が灯されます。

街全体が神秘的な雰囲気に包まれる、不思議なお祭り、「吉田の火祭り」。

富士吉田の夏のクライマックスです。

火祭りは、郡内地方で行われる大きな夏祭りの中では最後であると共に、短い夏にお別れを告げ寒い季節に近づいていく、なんともいえない寂しさを感じるお祭りでもあります。
山梨地方、お盆明けから朝晩の風が、「秋風」に変わってきましたし、今朝からは雨が降りとても涼しくなっています。

今日の一曲は、「若者のすべて」です。
ぜひ皆さんも、一度は「吉田の火祭り」にいらしてください。


Saturday, 30 July 2011

河口湖湖上祭 

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今年も花火大会の季節がやってきました。

山梨県では、富士河口湖の「湖上祭」(8月5日)、市川三郷町の「神明(しんめい)の花火大会」(8月7日)、石和町の「石和温泉花火大会」(8月21日)など、毎夏多くの花火大会が催されます。

「若者のすべて」は、志村君が河口湖湖上祭の花火を思い出して書いた曲として、ファンの間では知られていますが、この湖上祭、今年で95回目を迎えます。
長い歴史のある花火大会として、古くから地元の人たちにも親しまれています。詳しくはこちらのホームページをご覧ください。富士河口湖 総合観光情報サイト 河口湖湖上祭

8月1日から5日にかけて、富士五湖それぞれの湖で花火大会が行われますが、そのフィナーレを飾るにふさわしい最大の花火大会がこの河口湖湖上祭なのです。まさに「最後の花火に 今年もなったな」なのです。
8月4日の前夜祭を含め、合計1万発の花火があげられます。

残念ながら今年、山梨では暴力団の抗争により県下で催されるすべてのお祭りで露店が並ばないといういつもとは違う夏祭りとなっておりますが、それもいつもと一味違う雰囲気が楽しめていいのかもしれません。
もともと大型打ち上げ花火は、死者の慰霊とも水神さまのお祭りとも悪霊退散のためともいわれるのですから、元来の意味を考えながら花火を眺めるのもいいかもしれません。

湖上祭は、湖の真ん中から花火があがるため、河原で打ち上げられる花火とはまた違う趣があります。富士山をバックに見る花火を見ると、神秘的な気持ちになります。

国中(甲府盆地)に住む私たちは、石和の花火大会を見ると「今年の夏も、もう終わりか。」となんともいえない寂しさを感じますが、郡内(富士吉田、大月、上野原など)の人たちは湖上祭の花火を見ると、同じ気分になるのだと思います。

また郡内では夏が短いため、お盆をすぎると急激に朝晩の風が冷たくなってきます。今年は異常気象により、6月末が一番暑かったようで、すでに「真夏のピークは去った」と先ほど県内ニュースでいっていました。東部富士五湖地方(富士吉田もこちら)は、毎晩17,8度まで下がりますから、長袖を着ないと寒い陽気です。

ぜひ一度、湖上祭にいらしてみてください。

今日の一曲は、「若者のすべて」です。
志村君の淡い青春の一こまに、自分の姿を重ねる人も多いのではないでしょうか。


Friday, 29 July 2011

Fujifabric Fuji Fuji Fuji Q DVD

フジファブリック presents フジフジ富士Q -完全版-(完全生産限定盤) [DVD]

山梨に帰って大忙しの毎日を送っていて、なかなかブログを書けずに失礼しております。
志村君、ごめんなさい。

志村くんの夢のステージ「フジフジ富士Q」のDVDが、届いてからはや10日以上。とっくに我が家に届いていながらもなかなかゆっくり鑑賞する時間がなかったのですが、やっと見ることができました!

彼を想う1万7千人の観客と出演者が見守る中、志村正彦くんの夢が叶った瞬間。それを見届けられたという感動。
みんなの熱い思いで会場が包まれたあの日が、DVDで甦ります。

まだ見ていない方のために(いくら離島でも、そんなことはもうないか)、あまり詳しい説明は避けますが、とってもかわいいサプライズを白い封筒の中に発見!
本を最後まで読むと、それが何物かが「なるほど!」と分かります。
昔のグリコのおまけのような嬉しいサプライズで、なんだか重要関係者になったような気分になって?特にファンには嬉しい一品です。

内容は、当日参加した人も参加できなかった人も楽しめるものだと思います。

音声も修正されているのか、かえって会場で聴いたものより聴きやすいかも・・・。
席がとっても後ろのほうだった私たちはほとんどステージが見えなかったので、「こんなことをしていたのか!フムフム。」と見入ってしまいました。
志村君が亡くなった後にファンになった方たちには、必須アイテムであるですが、このフジフジ富士Qもお勧めです。

出演者が語る志村君への熱い思いが伝わってきて、志村君の偉大さを再認識します。プロの音楽家が惚れ込むだけでなく、ど素人の私たちでも感動できる音楽を作る天才でした。
どうしてあのステージに一番いなければいけない本人がいないのかと、当日何度も思いましたし、正直今でも受け入れられないのですが、フジファブリックの音楽を一人でも多くの人に聴いてもらいたいという思いは一層強くなるばかりです。

富士山麓から世界に響け!フジファブリック!!

山内君、加藤君、金澤君。
サポートではなくフジファブリックとして出演するライブや、3人で作詞作曲をしたニューアルバムが公式ホームページで発表され、本格的に動き始めました。

今のこの時だからこそ、志村君がすべてを捧げて作り上げてきたものを大切にして、感謝の気持ちを忘れずにいたいと思うのです。
彼の遺した音楽の中で、そして私たちファンの心の中で、志村正彦くんは生き続け、これからはもっともっとその存在感を増していくことでしょう。

今日の一曲は、「若者のすべて」。
もうすぐ、河口湖湖上祭です。



Sunday, 10 July 2011

お誕生日



志村君、31歳のお誕生日おめでとう。

今日の山梨は、朝からとっても暑かったけど、夕方には空が掻き曇って雷がなりました。
その後、また陽が出てきて、まるで「陽炎」の歌詞のようでした。

暑い中、大勢のファンのみなさんが、あなたに会いに富士吉田へ行ったのでしょう。
たくさんのお花に囲まれ、ご家族やファンやお友達に祝福された、いいお誕生日になったことと思います。

今日は浅草観音の縁日で、この日に観音さまを参拝した者はたった一回でも4万6千日参拝したのと同じだけの功徳が授けられるという特別な日だそうです。
そんな日に生まれた志村君は、やっぱり特別な人です。

いつもすばらしい音楽を、ありがとう。
私の人生に寄り添ってくれて、ありがとう。
同じ時代に、同じ国に、同じ県に生まれてきてくれたことに、ありがとう。
そしてあなたとあなたの音楽に出会えたことに、心から感謝します。

今日の一曲は、「バースデー」。

Tuesday, 5 July 2011

山梨日日新聞 「授業で寄り道」

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今日もまたまた予定変更で、お伝えいたします。
記事の内容が前後してしまいますが、6月30日付け山梨日日新聞に志村正彦君についての記事が掲載されました。

「ときめきゾーン 授業で寄り道 甲府城西(じょうさい)高の国語 ロック題材に討論 本音語り合う面白さ発見」
山梨県甲府市にある城西高校の国語教師、小林一之先生がフジファブリック・志村正彦くんの書いた歌詞を使って国語の授業をする様子が、写真入の記事になっていました。

今回、小林先生が選んだ曲は、「陽炎」と「若者のすべて」。
地元山梨の風景がちりばめられた曲です。

生徒ひとりひとりが、曲を聴き、歌詞を読んだ後、志村君や曲についての意見を前に出て発表していきます。

「(志村さんは)音楽に対する純粋な感情や向き合い方を持っていると感じた」
「歌詞がどこかで耳にしたような言葉ではなく、志村さんが生み出している。こういうことができるのは音楽とまっすぐ向き合い、楽なほうに逃げていない表れだと思う」
ふむふむ。
高校生、よみが深く驚きました。志村君の思いは、世代を超えて伝わっていたのですね。

またこのような鋭い指摘も。

「最近の曲は出会いから最後にどうなったというものが多いけど、志村さんのように細かい設定をしないことで自分(の状況)にも当てはめられる。つまり、想像の幅が広がる詞だと思う」

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そして「若者のすべて」では、男子と女子では意見の違いが浮き彫りになる場面も・・・。
「花火大会と一緒に、終わらせようとすることによって、前向きさも感じ取れる」という一女子に対し、「その捉え方には意義あり。男のほうが未練がましいし、自分と重なる。」という男子の意見。
確かに、そうです。そういえば、「女は怖い」と志村君も言ってましたっけ。
実に興味深い見解です。

また、「駄菓子屋」という歌詞から、時代背景を読み取る意見もあったそうです。1980年生まれの志村君。とっても若いと個人的には思っていたのですが、そうか、高校生にとってみればずっと年上のお兄さん(おじさん?)なんですね。そういえば私の地元甲府でも、昔はよく見かけた駄菓子屋を、最近はめっきり見なくなりました。

生徒が自分の意見を発表することで、自分とは異なる捉え方がたくさんあるんだということを学んだ国語の授業。
志村君の地元、山梨県で、彼の書いた歌詞がこのような形で、若い世代に注目され取り上げられていることがとても嬉しく、感激いたしました。「陽炎」も「若者のすべて」も、心に響く名曲ですから、これからもできるだけ多くの方の目に触れて、この感動を味わってほしいと切に願います。

志村正彦くんの時代は、これからなのですから。

今日の一曲は、「陽炎」。
あの街並み、英雄きどった路地裏の僕。夏の日に富士吉田に行くと、路地裏からひょこっと「僕」がでてきそうな気がしています。
もうすぐ31歳のお誕生日を迎える、永遠の少年です。

Sunday, 3 July 2011

山梨日日新聞 「言葉のチカラ」


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今日は急遽予定変更して、2011年7月1日付け山梨日日新聞に掲載された、フジファブリック・志村正彦君の記事について、書きたいと思います。

特集「言葉のチカラ」内の「先人に学ぶ 山梨発の名言・格言」という記事。
「逆境を生き抜き、一時代を築いた人々。波乱に満ちた人生に裏打ちされた名言は、時を経た今も見聞きする者の胸を揺さぶる。山梨発の珠玉の言葉の数々」という説明書きの後で、樋口一葉(山梨県甲州市塩山出身)、武田信玄(甲斐の国を治めた戦国武将)、ポール・ラッシュ博士(清里の開拓者といわれるGHQ将校)らと共に、フジファブリック・志村正彦くん(山梨県富士吉田市出身)の書いた歌詞が紙面を飾りました。

取り上げられた歌詞は、「ルーティーン」の一節「折れちゃいそうな心だけど、君からもらった心がある」。

「信念は持っているが、くじけそうになる時もある。そんな時、僕の曲を聴いてくれた人の感想が、折れそうになった僕の心を奮い立たせてくれる。この詞を読んで救われたって言ってくれるファンがいてくれたらうれしい」

生前、志村君が語った飾らない真実の言葉が、今でも私たちの心に響きます。
そして私たちファンの気持ちを代弁するような、一ファンの言葉が続きます。

「今でも歌詞を見たり曲を聴いたりして、元気をもらっているよ。ありがとう。」


富士吉田市の菩提寺には、ファンが自由に思いを書き込めるようにと、住職のご好意でノートが置いてあるのですが、そこに記帳されたファンの言葉です。
ファンへの思い、そしてファンから志村君への思いが一緒に記事に書いてあるところも、志村君らしさが出ていて温かいな、と感じました。

山梨の第一有力地方紙、山梨日日新聞が、山梨県から日本、世界に羽ばたいた偉人たちの珠玉の言葉の中に、志村君の歌詞を取り上げたというこの事実。
これが、私たち山梨県民にとってどんなに大きな意味があるかを、県外に住む皆さんに説明することは難しいのですが、志村正彦君が山梨の生んだ誇りであることに変わりはありません。このことが、山梨県で再認識される記事となりました。

今日の一曲は、「ルーティーン」。
東北関東大震災や福島原発事故など、「折れちゃいそうな心」がいつでも「君からもらった心」に励まされていること知るきっかけが、今年は多い年となってしまいました。
だからこそ、志村君。
いつも本当に、どうもありがとう。今でもあなたの遺してくれた音楽に、多くの人が励まされています。


Friday, 1 July 2011

夏の一日 「ベースボールは終わらない」と富士山山開き前夜祭

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この2,3日、山梨は本当に暑かった!
6月29日の最高気温、日本全国で1位が山梨県甲州市、2位が甲府市。ちなみに甲府では、38.1℃でした。
冷たい雨を想像して来たのに、タイより暑い毎日に驚きです。

昨日は、梅雨時とは思えない雷鳴と突然の停電を伴うにわか雨!

そんな天気の中、富士吉田市で富士山山開き前夜祭が行われました。
詳しい模様は、こちらのサイトをご覧ください。
富士吉田観光財団 富士山お山開き 

YBSニュース 1日の富士山山開きを前に「お道開き」

二日をかけて東京から富士吉田まで歩いてきた富士講信者たちや、地元の婦人会などが参加して、「お道開き」の儀式が執り行われました。
山梨県民は、この富士山お山開きのニュースを見ると、「夏が来た」という気分になるものです。

このブログを管理しているサイトのトラブルにより、自分で撮った写真がアップできない状態になっていて少し残念ですが、また続々アップしたいと思っております。

実家近くにあるグラウンドで、甲子園にむけて野球部の高校生たちが、早朝から夜遅くまで毎日練習に励んでいるのを久しぶりに見て懐かしい気分になりました。
そして、「FAB FOX」には夏を思い起こさせる曲が多いことに、初めて気づきました。

「Sunny Morning」「「ベースボールは終わらない」「雨のマーチ」「水飴と綿飴」「虹」。

何度も何度も繰り返し聴いていたはずなのに、新たな発見でした。
次回は「暑くてとけそう」な気分で「ベースボールは終わらない」を、詳しく見ていきたいと思います。

今日の一曲は、6年前、2005年に録画された「ベースボールは終わらない」です。みんな若い!ですね。


Monday, 27 June 2011

帰郷中にて、更新遅れています

怒涛のような一週間の末、山梨に帰ってまいりました。
思ったより蒸し暑く、日が差すとタイとあまり変わらないぐらい暑い?と思っていたら、朝晩はとても涼しく驚きました。
窓でも開けて寝ていようものなら、風邪をひきそうです。
水も冷たい!!
(山梨は真夏でも、不思議と水道水が冷たいのです)

久しぶりに見た富士山は、筋のように残雪がみえて、とっても美しいです。

中央道沿いの山が真っ暗で驚いたり、街も暗くて驚いたり(節電のため、照明が落ちているのですね)。7ヶ月ぶりの里帰りは、とっても嬉しい反面、戸惑うことも何回かありました。

これから1ヵ月半の間、山梨から発信していく予定です。

山梨日日新聞や山梨放送など、気になった記事などもお知らせ致します。
富士吉田の夏も、お伝えできればいいなと思います。

今日の一曲は、「虹」。
帰国前に、バンコクで二重のきれいな虹をみました。

Wednesday, 22 June 2011

女性バンドが富士吉田を歌に


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昨日、山梨日日新聞を読んでいたら、こんな記事が目にとびこんできました。

女性バンドが富士吉田を歌に
曲名「未来」 来月、市制祭で披露 

千葉県出身の女性3人組インディーズバンドが、富士吉田市をテーマにした曲をつくり、7月の23日の市制祭で発表するとのこと

詳しくは、こちら。山梨日日新聞 2011年6月21日 記事

ドキュメンタリー映画のテーマソングとして制作され、歌詞には「火祭り」「富士の山」「うどん」「機織りのリズムに合わせて走った路地裏路」「一人高台にのぼって見渡した吉田の町」など、市内をイメージした言葉が使われています。

一生懸命音楽を志している若者を、応援したいと思う気持ちは変わりません。

でも・・・どうしてこんなに心が晴れないでしょう・・・。

きっと、志村君。
志村君の作ったこの映画のテーマソング、聴いてみたかったんだよね・・・。フジファブリックファンで同じ気持ちの人達、多いと思う。

富士吉田で生まれ育って、心からふるさとを愛していた志村君だったから。
わざわざ「富士吉田」を歌おうとしていたわけじゃなかったのに、いつでも富士吉田を感じる名曲をたくさん書いていたあなただったから、あなたにしか書けない素晴らしい曲を聞かせてくれたに違いない、と勝手に思うのを止められないのです。

彼女たちの歌詞に「路地裏地」の言葉をみれば「陽炎」を、「高台に上って見渡した」の言葉をみれば「いつもの丘」を、思い出してどうしようもない悲しい気持ちになってしまうのです。
いつもポジティブに記事を書こう!と、心がけているけれど、今日だけは、ごめんなさい。