Tuesday 18 August 2015

「フジファブリック live at 富士五湖文化センター」  ~ 路地裏の僕たち presents DVD上映会 2015年7月11日(土) レポート4


前回に引き続き、DVD上映会のレポートです。

上映会に来ることができなかったファンの皆さんから、特に要望の多かったものが、志村君ゆかりの方々のご挨拶でしたので、ここに記しておきたいと思います。

小宮山先生は現在、小学校の教師をしていらっしゃいます。志村正彦君が小学4年生の当時は、富士吉田市立下吉田第一小学校で教鞭を執っていらっしゃいました。

以下は、小宮山尚先生のご挨拶を、私の言葉でまとめたものです。(青文字は、先生の言葉をそのまま、ご挨拶より文字起こしさせて頂きました。)


五年前に富士河口湖町に赴任なさっていた時、富士吉田の防災無線チャイムが「若者のすべて」に変わったことを耳にして、元々フジファブリックのファンでいらした奥様と一緒にチャイムを聴きに行こうかとお話になったそうです。

その後、ご自身もフジファブリックの様々な楽曲に親しむようになられました。


昨年の夏、山梨県立図書館で開催された「ロックの詩人 志村正彦」展をご夫婦で訪れた際、多くの展示品の中に、当時の担任の先生が書いた下一小の学年便りを発見します。そこには、手作りの小宮山先生の顔をかたどった手作りの似顔絵スタンプが押してありました。

「僕のスタンプだ!」
そのスタンプには、小宮山先生の顔と一緒に「ベリーグッド」の文字も刻まれていました。
「(志村君は)当時から目が大きくて、割と色白な子だな、という印象がありました。」

当時、志村君は応援団の一員でした。応援団というのは、運動会の時の応援係なのだそうです。小宮山先生は応援団員の生徒たちに、「学園天国」という曲(小泉今日子 1989年11月1日 シングルリリース)に合わせて運動会応援歌の歌詞を作ってくるようにと依頼されました。

「作詞依頼、作詞のオファーをしたんですね。」

数ある歌詞の中、

「きちっとやってきてくれて、これだ!と決めたのが、正彦君が作ってきてくれた白組の応援歌だったんです。」

(志村君にとっても心に残る思い出の一つだったらしく、『東京、音楽、ロックンロール 完全版』 ロッキングオン社 志村正彦著 の中にも書かれています。)

先生はそのスタンプを志村君のご両親にプレゼントするためお持ち下さり、会場に集まった観覧者の皆さんにも見せて下さいました。

「『あなたの作った白組の応援歌は、やっぱりベリーグッドだったよ。』と、ぜひ伝えたいです。」


正彦君のためにお花を買おうと、河口湖にある花屋さんに立ち寄り、「お花を下さい。」と言ったその瞬間、柴咲コウさんがカバーした「若者のすべて」が店内に流れるというミラクルが起こりました。お店の中を、静かに、心地よく、流れていたそうです。

「こんな巡り合わせを感じて、今日はやってまいりました。みなさん、一緒に楽しんでいきましょう。」

そんな素敵な言葉で、先生のご挨拶は締めくくられました。


小宮山先生は33年間、教師として多くの生徒さんを指導していらっしゃいました。その数は一体、どのぐらいになるのでしょう。私には想像もつきません。25年も前、特に担任していた生徒だった訳ではなく、応援団員の一人であった生徒、志村正彦君を、先生がここまで鮮明に覚えていらっしゃるということに深く感動致しました。


「志村君が知ったら、どんな顔をするだろう。」

そんなことを、考えました。

「志村正彦 作詞」という歌詞の中で、現在確認されている一番古いものがこの「学園天国」の曲に合わせた応援歌です。

小宮山先生がたまたま下吉田第一小学校に赴任なさり、応援団の指導にあたられたからこそ、志村少年は歌詞を書く機会を与えられました。またその後、ご本人、そしてご家族の手できちんと保管されていたからこそ、後のフジファブリックに繋がる貴重な資料として現存することができたのです。

色々な偶然と巡り合わせが重なり、形となっていく。
不思議なものだと思います。

このブログにてごあいさつ文を紹介すること、快く承諾して下さった小宮山尚先生に、この場を借りて、お礼を言わせて頂きたいと思います。

ご協力いただきまして、本当にありがとうございました。

Saturday 1 August 2015

富士吉田市 「広報ふじよしだ」~志村正彦さんと路地裏の僕たち隊員3名が、表紙を飾りました




山梨県富士吉田市「広報ふじよしだ」(2015年8月号)に、7月11日開催「フジファブリック live at 富士五湖文化センター ~ 路地裏の僕たちpresents DVD上映会」が、取り上げられました!

表紙を飾ったのは、フジファブリックボーカル・ギターを務めた志村正彦さん、そして上映会を主催した志村さんの同級生で作る会「路地裏の僕たち」の隊員3名です。

「紹介します 富士吉田市出身のフジファブリック志村正彦です」

上映会会場で撮影された写真を、ご覧ください!
広報ふじよしだ 2015年8月号 1

またこちらのPDF12ページ目にも、当日の様子が取り上げられています。
広報ふじよしだ 2015年8月号 3

富士吉田市内の各ご家庭に配布されていますが、遠方にて入手困難な場合は、前記のアドレスからダウンロードすることができます。

どうしても冊子を手に入れたい!という方は、富士吉田市の市役所、図書館、コミュニティーセンター、市民ふれあいセンター、各コンビニエンスストアで入手できますので、8月中に富士吉田を訪れる際には立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

広報配布場所の地図と施設詳細は、こちらです。

市役所の地図

図書館の地図

コミュニティーセンター 一覧

市民ふれあいセンター 地図



路地裏主催のイベントではシンボル的存在になっているこの写真は、2010年1月21日に中野サンプラザで営まれた志村會で飾られたもので、今でも志村家で大切に保管されています。お花で作られた富士山の頂上に立つ志村君が、記憶に残っている方も多いことでしょう。

ハットに手をかけポーズを決める志村君は、今にもくるりとむこうを向いて、立ち去ってしまいそうな・・・。お別れ会で使われたものと知っているせいか、当初は寂しく儚げな印象を受けました。

しかし路地裏のイベントで、和やかに楽しく働く友人たちに囲まれているのを何度も見ているうちに、いつのまにか志村君が会場に一緒にいるような気持ちにさせてくれる存在へと変わっていきました。

今回の上映会での展示についても、この写真パネルをどこに置くかを一番初めに路地裏のみんなは考えました。体育館に入った瞬間にまず見るだろうと想定しながら、展示の中心にしようと思い、体育館の後ろにしました。

前日の準備にて、後ろの壁に立てかける予定でしたが、まさかビックリ!
この日のためにあったかのように、チェーンが備え付けてあるではないですか!!
路地裏の僕たち代表のタカさんの指揮のもと、跳び箱やクッションマットを使い、大人数で高さを調整してセッティング。同級生が行う上映会を、志村君が見守っているような感じを受けました。

ハット姿の志村君と仲良し友人三人組が広報の表紙を飾ったことで、その印象が一層深まりました。

多くの富士吉田市民のみなさんの目につき、フジファブリック 志村正彦というミュージシャンがいたこと、彼が富士吉田出身でどれほど故郷を愛していたかを知るきっかけになってくれればと願ってやみません。