今日はフジファブリック1stアルバム「フジファブリック」から、10曲目「夜汽車」です。哀愁を誘うバラードナンバーで、抒情詩のような曲の数々が入ったアルバムを締めくくるのにふさわしい、情緒溢れる曲です。
個人的に私の大好きな曲の一つでもあります。
まず「夜汽車」というこのタイトルが、印象的ですね。ご存知のように、夜汽車とは夜行の汽車、夜行列車のことですが、「ナイト・トレイン」「夜行列車」といわれるよりレトロな趣があります。そしてそのレトロ感が、この曲を一層深いものにしています。
歌詞をみていきましょう。
「あなた」と一緒に、町を出て田舎を通って走る夜汽車にゆられている。
しばらく話をした後、「あなた」は窓辺でうたた寝をしている。
窓から入る夜風。
「あなた」の顔を見ながら、考えている。
夜汽車が峠を越える頃、そっとあなたに 「本当の事を言おう」
どこにでもあるような日常のひとコマですが、静かに私たちの心に染み入ります。
「長いトンネルを抜ける」ということは、大きな山を越していくのだと推測できます。
「夜は更けていく 明かりは徐々に少なくなる」
家々が多く立ち並ぶ町から、山間へと向かって行き、人家もまばらになってきます。
「眠りの森へ行く」
この「眠りの森」という表現は、「セレナーデ」(「若者のすべて」カップリング曲)の歌詞にも出てきますが、「眠る」「寝る」「転寝をする」「いねむりをする」などよりもずいぶんと詩的な感じになります。
髪が風に揺れる様子。気候のよい穏やかで静かな夜の雰囲気が、伝わってきます。
「峠を越える頃」に、「あなた」は起きているのか、眠っているのか。
はっきりと歌詞に書いてありませんが、私の個人的なイメージでは眠っているのかな、と思います。その眠っている「あなた」に、そっと静かに「本当のこと」を言おうとしているのです。あなたに聞こえていなくてもいいのです。ただ静かに「本当のこと」を言いたいのです。
「あなた」は女性かなと勝手に想像していますが、実はこちらも明記されてはいませんね。
それがフジファブリックの魅力の一つです。
日本人の精神の中には、昔から「幽玄の美」といわれる日本独特の感性があります。
言葉の意味には直接現れなくても、目には定かに見えなくても、それゆえにこそその奥に人が感じることが可能な美の世界、それが幽玄の美です。
これは余情を重んじ、余分を省くことをよしとする日本人の心情の根底に流れている情緒のひとつで、日本人独特のものです。
言葉の数や種類が限られた中で、全てを表現しなければならなかった短詩(俳句、短歌など)にも大きな影響を受けています。
全ての感情や情景をくどくどと言うよりも、最低限の言葉を使い余情を残しつつ表現したほうが、かえって読み手がその「余情」の中で各々の想像力をふくらませ、伝わるものが大きかったりするわけです。
ただ、余情を大事にする「幽玄の美」は、少しの言葉で多くのことを考えることが可能なところにのみ成立します。読み手の想像力がある程度豊かであり、歌い手の伝えたいことと読み手の想像した感情や情景がほぼ一致する、というのも重要ポイントです。
この「幽玄の美」は、全てを言わずとも相手に通じる、同質の文化を共有するコミュニティーの中でこそ可能となった美の世界なのです。
「夜汽車」の歌詞英訳は完了しましたが、外国人のファンに上手に志村君の伝えたかったものが伝わるかな・・・。この曲の中に流れる「余情」「幽玄」の美しさを伝えるために、次回の英語記事は工夫してみようと思います。
音楽については、お聴きの通りです。
アコースティック・ギターとエレキ・ギターが上手く調和し合い、ピアニカやオルガンの音がレトロに響き、郷愁を誘います。サビに入る直前3,4拍目に入るキーボードの音がなんともいえません。こういう細かいところ一つ一つが、志村君の音楽的なセンスと才能を改めて感じるところです。
最後に、個人的な感想をひとつ。あくまでも個人的な想像なので、ご承知ください。
私はこの曲を聴くたびに、中央線の下り線に乗って山梨へ帰る情景が頭に浮かんできます。
志村君自身が「この曲は、中央線や富士急行線に乗ったときのことを歌ったものです。」とは言っていませんし、もちろん私の想像だけなのですが、夜の中央線はこの「夜汽車」の歌詞そのままなのです。
東京から山梨までは、皆さんご存知のように電車でも車でも、大小様々な山を越えて行きます。道中、山を突っ切る長いトンネルもたくさんあります。
そして八王子あたりを過ぎると突然、人家がまばらになり明かりが徐々に少なくなります。富士吉田に行くには、大月駅というところで富士急行線に乗り換えます。大月から都留を抜け、富士吉田に向かって電車は走ります。
あの夜の風景、ふるさとがだんだん近づいてくるワクワクした気持ち、見慣れた街が見えてきた時の嬉しさと心躍る感情がよみがえるようです。
今日の一曲は、「夜汽車」です。
皆さんには、どんな「夜汽車」の思い出がありますか。
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