Wednesday 31 December 2014

2015年 新年のごあいさつ


謹んで新年のお祝いを申し上げます

皆様 おすこやかに新春をお迎えのことと存じます。
旧年中は読者の皆様より 並々ならぬご厚情をいただき、深く感謝しております。たくさんのメール、コメント等、ありがとうございました。

昨年は外国に住むファンの方々(外国に住む日本人、外国人共に)とのご縁を、いくつも頂戴しました。とても有難いことです。国籍問わず、世界中のフジファブリックファンをつなぐ憩いの場としてこのブログを皆様に活用して頂けるよう、精進したいと思います。

タイ時々山梨発信という状況は、今年も変わりません!
山梨県、富士吉田市の情報等も、お伝えしていきます。

日本の皆様、世界の皆様にフジファブリックと志村正彦さんの魅力についてもっともっと知って頂けるよう、記事を書き続けていこうと思います。

本年も昨年同様、どうぞよろしくお願い申し上げます。
皆様のご健康とご多幸を 心よりお祈り致します。

平成27年元旦



Wednesday 24 December 2014

2014年12月24日によせて


今年も、12月24日がきました。
世の人たちがクリスマスイブに心躍らせる中、どうしても複雑な心境になってしまいます。

あれから5年という月日が流れ、遅かったような、あっという間だったような・・・そんな気がしています。

一年を振り返ってみると、今年もいろいろなことがありました。

2月の山梨の大雪に始まり、4月の富士吉田市民会館での上映會、7月の甲府 志村正彦展、4月と12月の富士吉田のチャイム、11月の日本武道館 フジファブリック単独ライブ。

書き出してみると、「こんなに多くのことが、この一年にあったのだな。」と思います。


個人的には、やはり今年も志村君から頂いたご縁に感謝する一年でした。

皆様から頂戴した沢山のメール、フジファブリック関連で知り合った方々からのイベントへのお誘い、路地裏の僕たちはじめ、富士吉田の方々、またファンの皆様とのふれあいを通して、たくさんの勇気と力を頂いた年となりました。

師走にはいってから、長年の夢だった「志村正彦さんの思い出の場所をたどる小旅行in富士吉田」が期せずして叶ったこと、本当に幸せでした。志村君の愛して止まなかった街と人の魅力に改めて気付かされ、このブログへの思いを新たにすることもできました。

感謝の気持ちでいっぱいです。



音がつながって音楽に、言葉がつながって歌詞となり、ボーカルが歌詞を歌う。それが全部一緒になって、「ロック ミュージック」を形成します。

工程としてはたったこれだけのことなのかもしれませんが(この工程は、途方もなく大変なことですが!)、この世に体がなくなった後も尚、自分の作った音楽を通して皆に感動を与え、心に寄り添い、励まし、ひとりひとりの「私のフジファブリック」になっていく。そんな音楽を作った志村正彦さんとフジファブリックの音楽は、5年を経た今でも光を放ち続けています。

今年聞くことのできる最後のチャイム、「茜色の夕日」が、あと数時間後に富士吉田の街に鳴り響きます。

どこにいても、どんなときにも、心に響く名曲と出会えたこと、志村正彦さんに、フジファブリックに出会えたことに心からの感謝をしながら、この記事を終えたいと思います。

今日の一曲は、「茜色の夕日」です。


Sunday 21 December 2014

下吉田てくてくMAP 志村正彦編 配布のお知らせ


夕方5時のチャイム「茜色の夕日」が、無事、富士吉田市に響き渡ったとききました。

市民の皆様、ファンの皆様の心には、どのように響きましたでしょうか。


冷たい雨が降る中、いらして下さった志村ファンの皆様へ、路地裏からプレゼントがあります!

「下吉田てくてくMAP 志村正彦編」(4月の上映會の時に配布されたものを改定した、2014年12月改定版)です。(写真参照)

下吉田駅下吉田くらぶ、富士山駅観光案内所、M2、カフェ月江、ロンタン、たくみうどんで、入手可能ですので、この機会にぜひ!

チャイム変更初日を終え、現地より「路地裏の僕たち」渡辺雅人隊長から皆様にメッセージが届きましたので、お伝えしたいと思います。

チャイムが流れてほっとしました。いつもドキドキです。今日は雨の中のチャイムで、富士山もお迎えしてくれませんでしたが、遠方より富士吉田に足を運んでくれた方々に、本当に本当に感謝です。
下吉田てくてくMAP志村正彦編を配布します。(配布場所は、上記をご参照ください。)
MAPを作り直すたびに、なくなったお店や新しくできたお店など、路地裏の変化に気づきます。まちを歩いて思うことは、人と人とのつながり「人情」でまちは成り立っていることを改めて感じます。
寒いフジの里ですが、人の温もりで温まってもらえればと思います。

大きな富士山、志村君が親しみ愛して止まなかった風景、そして地元の皆さんとのふれあいが、フジファブリックの曲に思い出を添えて、より深く皆様の心に響きますように。

また諸事情により、富士吉田に来られないファンの皆様。

「路地裏の僕たち」からの気持ちは、いつも変わらずにいます。
日本・世界各地から志村正彦君に思いを寄せて下さる皆様、いつもありがとうございます。皆様の思いがあるからこそ、今年もこうして富士吉田の空にチャイムが鳴り響くことができるのです。

「路地裏の僕たち」からの感謝の気持ちが、皆様とつながっている空を渡って、チャイム音と一緒に届きますように。

マサト隊長が今年も動画をアップしてくれる・・・かな。

Saturday 20 December 2014

2014年12月 夕方5時のチャイム変更のお知らせ



富士吉田市 防災行政無線の夕方5時(冬季は5時、夏季は6時)のチャイム音を、期間限定でフジファブリック 志村正彦さんの曲に変更することが決定しましたので、再度お知らせ致します。

期間:2014年12月20日(土)~24日(水) 5日間限定
    曲 「茜色の夕日」

詳しくは下記のホームページをご覧下さい。
市役所若手職員プロジェクトによる防災無線のチャイム音変更について

富士吉田市公式Facebook Cocofuji [夕方5時のチャイムが~♪茜色の夕日に]

富士山モール

チャイムが変更される度、ファンや地元の方々から、心温まるお言葉をたくさんいただきます。
「自分達でできることがあれば、何でもいいからやってみよう」という思いから、今年も「路地裏の僕たち」が皆様の気持ちに応えるべく、再び企画することとなりました。

15:45に、富士吉田市全域で、夕方5時のチャイムが5日間限定で「茜色の夕日」に変更になる旨、防災行政無線にて放送される予定です。

武道館で演奏された特別な「茜色の夕日」の余韻が残る中、真っ白な富士山を仰ぎつつ、富士吉田で聴くチャイムはまた格別かと思います。

市内各所にある志村君思い出の場所に鳴り響く「茜色の夕日」。
ファンの皆様、また富士吉田の皆様の心に、今年はどのように響くのでしょうか。

なにしろ寒い山梨。
ぜひ防寒対策万全においで下さい!

チャイムの様子は、またこちらのブログでもレポートさせていただきます。

Thursday 18 December 2014

2014年12月 夕方5時のチャイム 変更のお知らせ


富士吉田市 防災行政無線の夕方5時(冬季は5時、夏季は6時)のチャイム音を、期間限定でフジファブリック 志村正彦さんの曲に変更することが決定しましたので、お知らせ致します。

期間:2014年12月20日(土)~24日(水) 5日間限定
    曲 「茜色の夕日」

詳しくは富士吉田市役所のホームページをご覧下さい。
市役所若手職員プロジェクトによる防災無線のチャイム音変更について

チャイムが変更される度、ファンや地元の方々から、心温まるお言葉をたくさんいただきます。
「自分達でできることがあれば、何でもいいからやってみよう」という思いから、今年も「路地裏の僕たち」が皆様の気持ちに応えるべく、再び企画することとなりました。

武道館で演奏された特別な「茜色の夕日」の余韻が残る中、真っ白な富士山を仰ぎつつ、富士吉田で聴くチャイムはまた格別かと思います。

市内各所にある志村君思い出の場所に鳴り響く「茜色の夕日」。
ファンの皆様、また富士吉田の皆様、今年はどのようにおききになるのでしょうか。

またこちらのブログでも、レポートさせていただきます。






Tuesday 25 November 2014

山梨の里山


里山とは、人里近くにある人間の影響を受けた山や森林のことです。深山(みやま)の対義語であり、人間の手が入ることが生態系に組み込まれている、比較的低い山や森林をさします。

人の暮らしとそこに息づく生物、それを育む自然が調和する環境は国や地方によって異なりますが、日本の里山には独特の美があふれています。

先日、「里山資本主義」の著者である藻谷浩介さんに関する記事が、山梨日日新聞に掲載されていました。(「藻谷浩介さんが語る『山梨の里山』」山梨日日新聞 2014年11月14日付)


世界遺産となった富士山や、八ヶ岳、南アルプスに抱かれ、更に東京という大市場が隣にあるという好条件を満たす山梨県。それでも山梨が抱える弱点があると藻谷さんはいいます。

「山梨の人は"おしゃれなもの"を求めて東京に行きたがる。山梨に"おしゃれなもの"を求めてくる人の気持ちが全くわかっていない。」
(前述記事より引用)

藻谷さんのいう"おしゃれなもの"とは、「山梨に来なければ得られない体験」のこと。地元の人にはそこにあって当たり前のものが、都会で暮らす人にとってはお金を払っても手に入れたい価値があるものだというのです。

山梨に移住してくる人が増える一方、「山梨の里山の強みに気付いていない地元の人が結構いる。」と、藻谷さんはいいます。


常住人口調査で、山梨県の人口は27年6ヶ月ぶりに84万人を下回りました。(「人口増減、市町村は何を思う」山梨日日新聞 2014年11月19日付)
ピーク時の2000年と比較すると6.2%減で、市町村単位でみると9割近くが減少の一途をたどっています。

都会にはない、山梨の強みとはなんなのか。

出荷するには半端な農作物。
耕作放棄地や鳥獣。
自然の景観。

一見金銭換算すると価値がなさそうな資源こそが、山梨の強みになりうるというのです。

「山梨あるある」でも面白おかしく取り上げられることが多いのですが、山梨県の小中高の校歌には、「山」を讃える歌詞が頻繁に登場します。

四方を山に囲まれた盆地という地形条件に加え、車で少し走れば街の中心地からもすぐに山に行ける距離に人々が暮らしているので、日常の風景の中には山や緑があふれています。

「熊・猿・イノシシの目撃情報」を防災無線で知るのも、山梨県民にとって珍しいことではありません。先日も上吉田浅間神社南側付近やパインズパークで熊が目撃されたと、富士吉田市の防災無線で注意喚起をしていました。


富士吉田を訪れるフジファブリックファンは、いまだに後を絶ちません。
皆さん、何を求めて富士吉田の地を訪れるのでしょうか。

志村正彦さんが育った街を自らの足で散策し、「いつもの丘」に上り、富士山から吹き降ろしてくる澄み切った空気を吸って、冷たい水を飲んで、吉田のうどんを食べて、街の人達と触れ合い、皆さんは何を感じるのでしょう。

そして、何を思うのでしょう。

毎回富士吉田を訪れる度に、フジファブリックの歌詞に描かれる花や月、星などが、より鮮明になって響いてくるような気が私はしています。

皆さんにとって、富士吉田はどんなところですか。


藻谷さんは、お話をこのように締めくくっています。

「山梨の人はもっと外に出て、山梨の魅力に気付くべきです。」
「山梨の将来は、みなさんがどのくらい外に行って勉強するかということにかかっています。」

富士吉田で生まれ育ち、高校卒業を機に上京し、音楽の技術を学んで天稟の才に磨きをかけ、多くの素晴らしい曲を遺してくれた志村君。山梨独特の里山を身近に感じながら育ったことは、とても大きかったと思います。

山で化石の貝を掘った話、樹海(これは、里山というより大自然!)で自然音を録音した話など、志村日記にも登場します。

地元にいながら書いた曲ばかりではなく、ふるさとを離れ心象風景を元に作った歌詞も多かったでしょう。「茜色の夕日」は、そうして書いた代表のような曲ですね。


2013年7月15日、新倉浅間神社で開催されたイベントで、正彦君のご友人からの手紙を紹介させて頂きました。2006年の7月頃、「地元にいつか帰りたいけど、しっかり音楽で恩返しできるまでは帰れない。いつかは地元でスタジオを開いて、若いミュージシャンを応援してあげたい。」と、志村君はご友人に語っていたそうです(ご友人のお手紙より)。

山日の記事を読んで、この手紙を久しぶりに思い出しました。

資本主義における貨幣価値などには全く換算できないものを、フジファブリックから頂いていることに感謝です。

今日の一曲は、心象風景から生まれたフジファブリックの代表曲「茜色の夕日」です。


Monday 17 November 2014

「若者のすべて」 in 槇原敬之 Listen To The Music The Live うたのお☆も☆て☆な☆し 2014 パート2

前回からの続きです。

Mr. Childrenの桜井和寿さんと音楽プロデューサー小林武史さん率いるBank Bandが「若者のすべて」をカバーしたときに、(「沿志奏逢 3」2011年7月6日リリース)多くのミスチルファンの方々がBank Bandを経由して、フジファブリックにたどり着きました。


その後、ミスチルファンでフジファブリックファンにもなったという皆さんと色々な機会でお話することがあり、本物だけがもつ曲の力と、カバーするミュージシャンの力の両方を度々実感しました。

来年デビュー25周年を迎える、日本を代表する著名なミュージシャンの一人である槇原敬之さんを経由して、ぜひ多くの方々にフジファブリックへ繋がって頂きたいと切に願って止みません。


音楽は「ご縁」です。

いくらラジオで聞いても、テレビで見ても、友達が紹介してくれても、「縁」がうまく繋がっている瞬間でなければ、本当の意味で「聴こえて」こないのです。それはフジファブリックに限らず、音楽全般においていえることだと思います。

出会いはいつだって、ひょんなことから始まります。

好きなアーティストが好きなミュージシャンだった。
大好きだったあの子が好きなミュージシャンだった。
バイト先でいつも流れてた。
親がよく聞いていた。

そんなこと、ありますよね。


カバーというのは、そういう出会いを大きく広げる機会のひとつだと思います。ミュージシャンが有名か有名でないかは、縁という観点からみればさほど関係ないと思います。

高校生バンドから世界のスターまで、多くのアーティストを通して、これからも大勢の人にご縁が繋がっていってくれますように。

フジファブリック 志村正彦という人が、確かにこの世にいたこと。
多くの素晴らしい楽曲を遺していってくれたことを、大勢の人が知って下さいますように。

そしてフジファブリックの音楽が多くの人に感動を届けられるよう、沢山のご縁で繋がりますように。

心から願っています。

今日の一曲は、「若者のすべて」です。
検索を通していらした槇原ファンの皆様、原曲でありますフジファブリックの「若者のすべて」を、どうぞ一度ご視聴ください。

槇原さんとは違う魅力があふれる一曲です。


Tuesday 11 November 2014

「若者のすべて」 in 槇原敬之 Listen To The Music The Live うたのお☆も☆て☆な☆し 2014 パート1


「赤黄色の金木犀」について書いている途中ではありますが、今日はDVDを一つご紹介したいと思います。

以前、フジファブリックの歌詞に登場する「花」の魅力について色々考えていたとき(「志村君と花」 2013年10月29日付)、槇原敬之さんの「世界に一つだけの花」が頭に浮かび、併せてご紹介しました。

偶然にも、2014年9月24日リリースの「Makihara Noriyuki Concert Tour 2014 "Listen To The Music The Live うたのお☆も☆て☆な☆し 2014"」(詳しくは、槇原敬之 公式ホームページ DVDをご覧下さい。)で、フジファブリックの「若者のすべて」がカバーされました!

このニュースをきいた時、頭の中の私だけの個人史で「新」と「旧」がコラボしたような、なんとも不思議で温かい気持ちになりました。

私達の世代にとって槇原さんの音楽は、「テレビをつけても、街を歩いていても、流れていた曲」という表現がぴったりで、ドラマの主題歌、甲子園の入場行進曲、紅白歌合戦、レコード大賞など、本当によく耳にしました。
「その時に流行っていた音楽を聞くと、当時を思い出す」という体験をさせてくれたミュージシャンも、槇原さんが初めてのような気がします。

ホームシックだったとき、槇原さんの曲をよく聴いたなぁ・・・。


「Listen To The Music」(2014年11月現在、3作がリリースされている)というセルフプロデュースによるカバーアルバムから、「時代やジャンルにとらわれず様々な音楽を聴いてほしい」という想いが詰まった初のカバーライブDVD。歌謡曲から文部省唱歌、J-POPまで、幅広いジャンルの音楽が彼自身によって選曲されています。

ちなみに「Listen To The Music 2」は「生まれ変わった時にもまたききたい曲!」、「Listen To The Music 3」は「多大な影響を与えて下さった方の楽曲を、感謝を込めてカバーしたい」というテーマの下、製作されました。

DVD収録曲22曲中、既存のカバーアルバム3作唯一の未収録曲として披露されたのが、このフジファブリック「若者のすべて」です。

槇原さん流にいう「シークレット Listen To The Music」。

「若い人たちの曲でも、すごい良い曲だと思ったら勝手に歌っていた。スタッフと『やりましょう!』ということになった。」

まず曲を聴いて率直な感想ですが、私は槇原さんの歌う「若者のすべて」、とても素敵だと思いました。個人的に、大好きです。

まず歌詞をとても大切に、丁寧に歌って下さっていることに感謝です。

「出会えて・・・、この曲がある時代に生まれて良かったな、と思えた曲。」
「(この曲を作った志村君が亡くなったという事実を知り)僕にとってはバッハとかベートーベンと同じ気持ちです。」
「すごい良い曲。最初に聞いたとき、『なんだよ!この曲!』泣いちゃいましたよ、僕。」

MCで語った曲への想いが、一語一語を丁寧に歌う歌い方から伝わってきます。

映像をみていると、ステージ下方に歌詞を映し出す小さなスクリーンらしきものが見えますが、歌詞を間違わないように、曲にたずさわる方達に失礼のないように、細心の注意をはらっているのがわかります。
そのスクリーンを見ているのが観客にはわからないようにしているのも、さすがプロの心遣いです。


また、曲に槇原さんの声の質がとても合っていると思いました。
透明感のある、澄んだ声で軽やかに歌う「若者のすべて」は、志村君とはまた違う雰囲気を感じます。

PVで使われた白っぽいグレーの背景、メンバーの着ている黒、グレー、白の洋服の色。志村君の声と金澤さんの奏でる淡々としたピアノの音と相まって、視覚、聴覚を通して独特な印象を与えるフジファブリックの「若者のすべて」ですが、オリジナル曲のもつ魅力をできるだけ壊さず、自己流に走らず、独りよがりにならないように、でも槇原さんの色が出ていて、それがとても彼らしいと思いました。


私は時々、「フジファブリックの曲には魔法がかかっているのかな。」と思うときがあります。
志村君がかけていって、志村君にしか解くことのできない「魔法」。

フジファブリックの楽曲(志村君の作ったもの)は、どなたが歌っても素晴らしいことに変わりはないけれど、志村正彦さんがボーカル、フジファブリック演奏が、一番伝わってきて心に響く。単刀直入に言ってしまえば、一番好きです。

それが声の質によるものなのか。
声域なのか。
楽曲の音域なのか。
息遣いなのか。
息継ぎなのか。
曲に込められたメッセージの発信源である人の特権なのか。
聴き慣れているからなのか。

それとも、もっと違う「なにか」なのか。

理由はわからないのですが、それはまるで「魔法」がかかっているような・・・。

音楽は完全に趣味と嗜好の問題なので、私の個人的な意見ではあります。

でも槇原さんの歌う「若者のすべて」は、ステージ上で使われた青色、水色、桃色の照明も、静かに真剣に聴いている観客も、バックバンドも、槇原さんも、すべてが一体となって「若者のすべて」槇原バージョンを見事に作り上げていると思いました。

(次の記事に続きます)

駆け足一時帰国

更新が滞り、申し訳ありません。

先月は10日足らず、駆け足帰国をしてきました。
前回の帰国時はうだるような暑さでしたが、今回は朝晩の冷たい空気に日本の深まる秋を感じました。日中は暖かいのに明け方には冷え込んでくるのが、布団の中でもわかります。

いよいよこたつが恋しい季節ですね。

10月19日には東京へ行く用事があったのですが、歩いているとあの懐かしい甘い香り!がしてきて、思わず金木犀の木を探してしまいました。

山梨ではとっくに金木犀の花は終わり、富士山初冠雪の季節。
今年は10月16日に、「富士山初冠雪」が甲府気象台により宣言されました。

初冠雪の定義は、「夏が終わった後、山麓の気象官署から見て、山頂付近が初めて積雪などで白く見えること」だそうです(甲府地方気象台ホームページ参照)。急速にテクノロジーが発達する時代、「人の目で観察できるかどうか」を基準にしている気象庁の観測法に、ちょっとホッとしてしまいます。

でも16日は、本当に寒かった!

雨に煙る山々の向こうに全く富士山が見えず、「もしかしたら、富士山で初雪が降っているかもしれないね。」と、皆で話していたらやはり降っていたのでした。

富士山に初雪が降ると、吹き降ろしてくる風が雪の冷気と湿り気を帯び、郡内地方(富士吉田のある地方)は一気に冬に向かって加速します。

では、記事の更新始めます!

Monday 6 October 2014

金木犀の季節 2


皆様の地域では、台風は過ぎ去りましたか。
山梨の実家に避難準備勧告が出たのも束の間、青空が広がっているそうです。日本各地で大きな被害がでませんように・・・。

前回からの続きです。
外国人のファンに歌詞をより深く味わって頂けるよう、少しだけ注釈をつけたいと思います。

「いつの間にか地面に映った
影が伸びて解らなくなった」

「影が伸びて」という表現。

日の出・日の入り時刻と昼の長さは、基本的にその土地の経度と緯度で決まります。太陽は東から昇るので、基本的に東の方ほど日の出も日の入りも早くなります。また緯度が高い地域になると(北半球の場合は、北にいけばいくほど、南半球の場合は南にいけばいくほど)、冬至と夏至の日照時間の差が大きくなります。

日本の首都、東京はE139°45′N35°41′に位置しているため、冬至が近づけば近づくほど太陽があまり高く上らなくなり、地平線に近いところを上下するために「影が長く伸びる」という現象が起きます。特に夕方、日が沈む頃は一番長くなります。

逆に夏至が近づくと、太陽は高く上るようになり、夕方になっても影が短いままです。

緯度の高いところにある国、独特の現象ですね。
赤道に近い地域の方々には、なかなか実感がわかないかもしれません。
私のいるタイも赤道に近いため、夏至と冬至の日照時間が日本やヨーロッパの国々のようには変わらず(それなりに、日の具合で季節を感じることもあるのですが)秋の夕暮れに影が伸びるという実感はわかずにいます。


以前、Twitterで片寄明人さん(Great3)や今村圭介さん(Universal EMI)のお二人がつぶやいていらっしゃいましたが、「秋盤」はやはり本職の方たちも認める名曲だと思います。


フジファブリックの生の声を通して作品を感じて頂くため、3rdシングル「赤黄色の金木犀」(カップリング曲「虫の祭り」)がリリースされた2004年秋に発売された、様々な雑誌記事を紹介したいと思います。


まずは、『BREATH』2004年10月号から。
2003年の秋深まった頃、「赤黄色の金木犀」は志村君が「ぽっと書いた曲」としてこの世に誕生します。

「一年のなかで秋に書く曲って、センチメンタルなものが出るし、また特別なんですよね。だからそういうセンチメンタルな感情が出てる曲を書きたいなと思ってたんです。ただし、アコースティックギターでミドルテンポの曲で秋を表現した曲は出したくなく・・・、と、いいつつ、カップリングの曲はそういう曲だったりしますけど、タイトル曲はエレキギターとバンドサウンドでやれたらなあと思ってて、去年の今ごろ(2003年秋)に書いたんです。」

(「アコギでセンチメンタルな感じを出すのはイヤだってことだけど、そうじゃない方法で秋を表現するとしたら?」との質問に)

「最初は弾き語りでやってたんですけど、ふとしたときに8ビートで刻んでみたら面白かったんですよ。だからそれを広げていった感じですね。フジファブリックの曲作りっていうのは、いつも、何かをしてるとき・・・・・例えば、道を歩いているときにその風景を切りとって、一瞬のことをパーッと書く、みたいな感じなんですけど、それが今回も出ましたよね。」

(「風景というより、金木犀の香りを意識させるよね。」という言葉に)

「そうですね。この曲の雰囲気で錯覚してもらえたら嬉しいというか。例えば、外を歩いているとき、体験せずとも、この曲の風景を浮かべてもらえたらいいなと思ってて」

曲のアレンジに関しては、

「歌詞はメロディや雰囲気と連動したものが書きたいので、いつも大変なんですけど、今回は段落ごとにうまく出せた気がしますね」
「あまり連動しすぎるとはずかしというか、もっともな感じになっちゃうかもしれないし」
自分の中でギターブームがきた!という志村君。

「今回は珍しく、ギターが引っ張っていく感じの曲になりましたね。いつもはギターがなってても、肝になってたのはキーボードだったんですけど、この曲はギターが重要ですよね」
「一時期は"いらない"っていうくらい、ギターは削除したいものだったんですけど、最近は歪んだギターが再び好きになってきた感じで。この曲なんかはまさにそんな感じですね」

そして、志村君は自分の中の「秋」を語り始めます。
「秋」は、富士吉田での原風景にありました。

「東京に来てからはあんまりないんですけど、実家の山梨にいたときは秋になると、いろんなところで落ち葉を燃やしていて、街中が煙がかかっていて。そういう風景がちっちゃいころの記憶として残っていますね。ま、東京は東京で秋のにおいもありますけど、それとは別物な感じですよね」

四季盤に富士吉田の色が濃いのは、曲の中に自然と志村君の原風景を感じるからでしょうか。志村君流にいうならば、体験していなくても、金木犀が自生しない地域の皆さんにも「曲の雰囲気で『錯覚』」させる力が大きいと思います。

秋の気忙しさや物悲しさ、匂いや風景を、音楽・歌詞・声で伝えるロック。
カッコいいです!

今日も「赤黄色の金木犀」をどうぞ。
聴けば聴くほど、魅了されていきます。

次回に続きます。

Friday 3 October 2014

金木犀の季節 1


山梨から金木犀の開花の便りが届きました。もう10月ですね。
日中は暑くもなく寒くもなく、朝晩の凜と澄み切った空気が気持ちのよい季節です。

こちらバンコクは、雨続きの日が続いています。雨季の終わりを告げる雷が鳴り響き、もうすぐ来る乾季が待ち遠しいです。

今日は「赤黄色の金木犀」についてです。

過去4年間に書いてきた「赤黄色の金木犀」に関する記事に手を加え、新たに感じたことなども織り込んでいきたいと思います。外国人のファンのために書いてある箇所も多いので、日本の皆様には少々退屈かもしれませんが、しばしお付き合いください!


金木犀は中国原産の常緑樹で、日本には江戸時代渡来しました。今では庭先などでよく見られる小高木の庭木ですが、北限は秋田県南部、南限は鹿児島県南部といわれていて北海道、青森県、岩手県北部、奄美大島、沖縄などでは、木が育っても花が咲かないそうです。
この地方にお住まいの皆さんには、なじみがないかもしれません。

幹や枝は濃い茶色、厚みのある深緑色の葉を茂らせます。
普段は特になんということもない木ですが、年に一度だけ、一週間から十日間ほどだいだい色の小さなかわいらしい花(2ミリほど)を咲かせます。

山梨では9月下旬から10月上旬にかけて、ちょうど秋がだんだんと深まり朝晩の空気が冷たくなってくる頃、満開になります。小さな花が多数集まってボンボンのように咲き、特徴的な芳香たるや言葉では表現できないほどです。


中国本土では「桂花」と呼ばれ、乾燥させた花を茶、酒、菓子に入れて、香りを楽しむ花として知られているのも理解できます。

独特の甘い香りが道に漂い、金木犀の木の所在を、この季節になって初めて知ることも少なくありません。

開花して満開になったのも束の間、あの小さな花をちらちらと落とし早々に散ってしまうのも金木犀の特徴ひとつです。
秋になると存在感を増す木のひとつが、金木犀なのです。

この記事を書くにあたって調べてみたのですが、フジファブリック以外に金木犀を曲名に使っている曲がありました!
笹川美和さんの「金木犀」、伍代夏子さんの「金木犀」です。
両曲とも感情あふれる女性ボーカル独特の歌い方と歌詞に、「秋の物悲しい空気に、女恋心をのせている曲」という印象を受けました。

興味のある方は、参考までにどうぞ。

「金木犀」 笹川美和
「金木犀」 伍代夏子


フジファブリックの「赤黄色の金木犀」についてですが、私はこの曲ほど上手に、金木犀という植物を通して深まり行く秋の心情と風景を表現した曲は、他にないと思います。

まずは、イントロで流れるギターのアルペジオ。
この曲の魅力の一つだと思います。
素早い指使いで弾くリードギターの八分音符を聴いていると、私はいつも小さな金木犀の花がちらちらと散っていくようすを思い出します。

外国のファンがより深くこの曲を楽しめるように、少しだけ歌詞の注釈を書き添えたいと思います。

「冷夏が続いたせいか今年は なんだか時が進むのが早い」

「冷夏」というのは例年に比べて気温の低い夏のことですが、冷夏が続くと、なぜ「時が進むのが早い」気がするのか。

これには日本の気候風土が関係あると思います。

日本は北東から南西に長く伸びた弧状の列島で形成されています。
春夏秋冬という四つの季節があり、春・夏・秋・冬と三ヵ月ごとに違う季節へと移り変わります。夏には太平洋から吹く季節風の影響により高温多湿となるため、他の季節との寒暖差が激しくなり、四季がよりはっきりとしています。

冷夏が続くと次にくる秋が早まり、それに伴って冬の到来が早まります。科学的根拠はわかりませんが、刻一刻と、冬に向かっていく焦りと気忙しさが増すのです。

「僕は残りの月にする事を
決めて歩くスピードを上げた」

気候風土を知ると、この歌詞への流れをより楽しんでいただけることでしょう。


サビはまた、最高に魅力的です。

「赤黄色の金木犀の香りがしてたまらなくなって
何故か無駄に胸が騒いでしまう帰り道」

笹川さんの曲も伍代さんの曲も「金木犀」という曲名に関わらず、「金木犀」という言葉をサビでは使っていませんが、フジファブリックの曲ではドラム率いる盛り上がりの末、サビにはいって真っ先に響いてくるのは曲名でもある

「あ・か・き・い・ろ・の きーんもーくせーいーの」

という言葉なのです。

金木犀のインパクトは、強烈です。

金木犀を知らない人にも、「金木犀って、どんな花?どんな香りなの?」と思わせる力強さがあります。

今日の一曲は、「赤黄色の金木犀」です。

「曲を上手に表現できない」との理由で、あまりライブでは演奏されなかったので、珍しいライブ映像です。足立さんのドラムがハンパない走りをみせた後、山内さんと志村君のギターでしっとりしめる。
ライブの醍醐味あふれる映像ですので、ぜひご覧下さい!

記事は次回に続きます。

Saturday 20 September 2014

アナと雪の女王 甲州弁バージョン

富士吉田を訪れた志村ファンの皆さん、吉田の街で甲州弁をおききになりましたか。

おききになった方、どのような印象でしたか。

以前、マツコデラックスさんと村上信五さんの深夜番組で、栄えある?「かわいさ ワースト1」(要するに、若い女性が話したときに一番カワイクない)方言に選ばれた甲州弁。

今年はNHKの朝ドラ「花子とアン」が放映され、主人公の村岡花子さんが山梨県甲府市出身だったこともあり、テレビで甲州弁を耳にした方も多かったと思います。

朝ドラの波にのって汚名挽回!といきたいところですが・・・。

皆様におもしろい動画を、ご紹介したいと思います。

先日、フジファンの方に教えてもらった「アナと雪の女王 甲州弁ver」です。(パールさん、いつも貴重な情報をありがとうございます!)

まずは、おきき下さい!


白人のお嬢さん二人が、口を開けば甲州弁。
不思議な光景ですが、映画の吹き替えと思えばまあ納得です。

この映画自体をまだ観ていない私は、オリジナルバージョンをきく前に甲州弁バージョンをきいたがために、途中ででてくる

「(エルサの力で)山梨が・・・ 雪と氷でえれぇこんになってるだよ」

が、今年2月14日の大雪と重なって、一瞬驚きました。

他地方の皆様。
甲州弁の響きは、いかがでしたか。
言葉の意味は・・・、原作でご確認下さい。

私は妙に懐かしい気持ちになりました。

山梨県の場合、今でも三世代同居(おじいちゃん・おばあちゃん、お父さん・お母さん、子供たち)の家が多く、こういう家庭の子供たちは比較的方言をよく理解し、使うことができます。

敬老の日に行われた「祖父母・父母との同居率が高い都道府県」で、山梨県は全国2位になりました。敬老の日特集 同居率

かく言う私も、三世代同居の家に生まれ育った一人です。

小学校高学年、中学校ぐらいになると、急に方言を話すのが恥ずかしい時期がくるのですが、皆が「ジャッシー」を「ジャージ」と言い換え始めた時から何かが始まったような気がします・・・。

志村君も日常的に使わなかったかもしれませんが、この程度の甲州弁は理解することができたのではと思います。

You Tubeの右側にある関連動画には、他の方言バージョンもたくさんあるようですので、よろしかったらぜひ!

ちなみに、マツコさんと村上さんの番組で上位5位に入っていた沖縄、青森、大阪が、関連動画を検索するとすぐ出てくるのですが、やっぱり可愛いですね・・・。

Thursday 18 September 2014

志村日記 2008年9月 声帯ポリープの手術


中秋の名月にスーパームーンと、月にまつわる行事が多かった9月の上旬でしたが、皆さんがお住まいのところではいかがでしたでしょうか。

日本人は空気が澄み渡るこの時期に、満月の美しさを堪能してきました。自然の美しさ、また風流なさまを「花鳥風月」という言葉で表現する言葉で表現しますが、月はまさに日本人の美意識をくすぐる存在なんでしょうね。

十五夜の日、私の住むバンコク・トンブリ地方では夕方から夜にかけて土砂降りの雨で、みえるのはカーテンから差し込む稲光ばかり。暗い部屋で激しい雨音をきいているうちにウトウトしてきて、結局月を見ることもなく、夜は過ぎていってしまいました。

その代わり、次の日の今年最後と言われたスーパームーンは見ることができました!

タイというところは元々野良犬がとても多い土地柄なのですが、その日に限ってあちらこちらで近所の犬が遠吠えをしていて、狼男を彷彿させました・・・。あれだけ大きい月をみると、日本人が楽しむ風流なお月見とはまた別物の気がしてくる、タイのスーパームーンでした。


さて、今日は志村日記について書こうと思います。

2008年のちょうど今頃(2008年8月26日から9月11日迄の間)、志村君は声帯ポリープの手術のため、入院・治療をしていたことが日記からわかります。

どんな手術にも危険は伴うわけですが、ミュージシャンとして致命的な打撃になりうる「声が出なくなるかもしれない」というリスクは、ボーカル・ギターを担うフロントマンにとって恐怖と不安を伴うものだったに違いありません。

声を使うことを仕事にしているプロの人は、正しい発声方法が出来ていても喉を酷使するため、声帯ポリープができる人が多いとききます。声帯が炎症を起こした後、しばらく喉を休ませれば自然治癒することもありますが、そんなことを言っていられないのがプロの悲しいところ。

ご本人のいうように、「職業病」です。(「東京、音楽、ロックンロール 完全版」2008年9月11日付)



万が一に備え、「デモテープを全部自宅で作って、アレンジとかも全部して、歌詞作って歌入れして、メンバーに渡しておいたんです。」(「東京、音楽、ロックンロール 完全版」2008年6、7、8月分インタビュー)。

夏フェスが終わったら手術をすることが既に決まっていたそうですが、自分の体だけでなく職業にまで及ぶリスクを承知しつつ、万全を期して手術に臨むため、着々と準備を進めていた様子が志村日記に書いてあります。

「自分の声がもう最後になるかもしれないんで録っとかなきゃと思ったら、どんどんどんどん、20曲くらいできて。ROCK IN JAPAN FES. が終わって、スピッツの『ロックロックこんにちは!』に出て、ポリープの手術に向けて作曲をして、デモテープ20曲くらい作って、満を持して手術っていう。」(「東京、音楽、ロックンロール 完全版」2008年6、7、8月分インタビュー)

「音楽とことば」のインタビューの中で、日常にいながら常に音楽を作ることに焦点を絞りアンテナを張り続ける志村君をみて、

「マジメな人なんですね。」

と言ったインタビュアーに対し、

「でもそれは作品に対してだけ(笑)。だから音楽やってんですよ。ほかでマジメだったら、ほかのことやってますからね。」

と、答える箇所を思い出しました。(「音楽とことば あの人はどうやって歌詞を書いているのか」日経印刷 2009年3月25日発行)

自分が納得のいく曲を20曲も作曲して、録音して、メンバーに渡せるクオリティーのデモテープを作るという作業が、どれほど大変なことなのかというのは素人の私などには想像すらできません。でも大変な努力と苦労と時間が必要なことだろう、という察しはつきます。

「言うのは簡単な事 するのは難しい事」
(『Hello』 5thアルバム「MUSIC」より)

その通りですね。

音楽に対する一生懸命さとマジメさがあったからこそ生まれた曲たちは、今も志村正彦さんという人を多面的に語り続けてくれているような気がしてなりません。

2008年は、9月14日が中秋の名月でした。(月探査情報ステーション

この日の志村日記には、月について何も書いてありませんが、怒涛の日々が過ぎていくのが垣間見える2008年の日記です。

今日の一曲は、「お月様のっぺらぼう」です。
2006年12月25日、渋谷公会堂でのライブ映像です。

曲とアレンジのかっこよさ!

CDもいいけどライブはもっといいバンドは、本物だと勝手にいつも思っている私。
フジファブリックってつくづくカッコいいバンドだな、と改める思わせる曲と演奏なので、まだご覧になっていない方はぜひ!

この渋谷公会堂は、DVD化され「Live at 渋谷公会堂」として発売されています。そちらもぜひ!


Saturday 30 August 2014

5年目を迎えて

今日2014年8月30日、このFujifabric International Fan Siteは5年目を迎えました。

ここまで続けてくることができたのも読者の皆様のおかげ、そして誰よりも志村正彦さんのおかげと思っております。

ブログを応援して下さっている皆様、この場を借りて心よりお礼を申し上げたいと思います。
いつも拙い記事を読んで下さって、ありがとうございます。また事あるごとに温かい励ましの言葉をかけて下さり、どうもありがとうございます。言葉にしつくせない感謝の気持ちを、一生懸命ブログを続けていくことで皆様にお返しできたらと思っております。

これまでの四年間、フジファブリックの音楽と志村正彦さんについて書くことにより、音楽と真正面から向き合う機会を与えられ、大好きなフジファブリック・ワールドに浸ることができました。また異国の地にいながらにして、ふるさとを近くに感じることもできました。

ブログを通して、日本だけでなく世界中の大勢の方々とのご縁も頂戴しました。お目にかかることが叶った方、叶わなかった方、色々ですが、私にとって掛け替えのないご縁に発展した方も多くいらっしゃいます。

皆様、今まで本当にありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願い致します。


志村正彦さん、
心からのお礼を申し上げたいと思います。
いつもありがとうございます。

このブログも、5年目を迎えることができました。
今日が迎えられたのも、あなたという人がこの世に確かに存在して、素晴らしい音楽を私達に遺して下さったからです。
その音楽に魅了され、ファンになった人達の数は今も増え続けています。

フジファブリックの音楽が、これからもっと多くの人に聴かれますように。
あなたが遺してくれた「大切なもの」が、音楽と一緒にもっともっと多くの人に届きますように。
心からの感謝と願いをこめて、このブログを志村正彦さんに捧げると共に、今日という日の誓いにしたいと思います。


今日の一曲は、「花屋の娘」です。
いつ聴いても、時代を感じさせない曲です。

Thursday 28 August 2014

2014年8月5日 河口湖湖上祭

タイに戻ってまいりました。

日本滞在中には、お世話になりありがとうございました。皆様から、そして山梨の自然から、いっぱい充電してきました!その力を原動力にまた頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。

本文の前に、ちょっと小話を。

ここ数年搭乗している日本航空さんでは、食事の時間以外にもお客様が気兼ねなく水が飲めるようにと、ペットボトルの水を一人一本下さいます。
そうなんです。
この「富士山のバナジウム天然水」、採水地が富士吉田なのです!
日本を離れ飛行機に乗ってまでもふるさとの水が飲めるなんて・・・、とっても幸せな気分になります。日本航空さん、ありがとうございます!

私はこれをそっとバッグに忍ばせ、家に持ち帰り、冷蔵庫で保存して、特別な日に飲みます・・・。ちょっとけちっぽいですよね・・・。「人間はふるさとの水に近い味の水を、おいしいと感じる。」ときいたことがありますが、そうかもしれません。

富士吉田の道の駅では、無料で富士山の湧き水を飲むことができますから、富士吉田にお越しの際はぜひ足をのばしてみて下さい。夏でも冷たいおいしい水です。

今日は湖上祭について書きたいと思います。

海なし県の山梨。
花火は河原で打ち上げられるのが主流です。
その中で「湖の花火」として最も有名なのが、この湖上祭花火大会です。
毎年8月5日に開催されます。

百余の提灯を船に付け湖に漕ぎ出し、世の穢れを水に流すという河口浅間神社の祭事に由来する湖上祭(富士河口湖町発行 パンフレット参照)は、今年、98回目を迎えるお祭りです。

湖上祭の詳細はこちらをどうぞ。富士河口湖 総合観光情報サイト 2014年8月4、5日 湖上祭

今回は知り合いの方が、地元の人達しかいかない穴場へ連れて行って下さるというので、夕方まだ明るいうちに甲府を出発し河口湖へ向かいました。

途中、見慣れている私たちでさえ驚くほどの、きれいな富士山が顔を出していました。
赤みがかかった富士山も、また絶景です。
(2014年8月5日 本栖湖にて撮影)

秘密の花火観覧場所?は、河口湖のほとりに広がる草はらでした。

岸辺に生える草は下に土がなくても四方八方に伸びているので、変なところに足をおくとそのまま湖に落ちてしまい危険ですが、そこはさすが地元の方。小さな懐中電灯を頼りに、草をかきわけ進みました。

19時半にはピクニックシートに座り、45分から始まる花火を待っていました。

甲府を出た時には灼熱地獄のようでしたが、河口湖のほとりでは長袖を着ていないと寒いぐらいの気温でした。心地よい夜風に吹かれ、ほのかな月明かりの下、山の上ではロープウェーの小さな明かりが行ったり来たりしているのが見えました。草原からきこえる虫の音に耳をすましていると夏の終わりを感じ、なんともいえない寂しさと共に「茜色の夕日」の一節を思い出していました。

「短い夏が終わったのに今、 子供の頃の寂しさがない」


19時45分ぴったりに、花火が始まりました。

スターマイン(連射連発花火。いくつもの花火が組み合わされて、短時間に大量の玉が打ち上げられるので、とても華やかです。)にはじまり、次々と花火が打ち上げられていきます。

河口湖大橋の南西寄り(富士吉田寄り)、富士レークホテルの前辺りから
上がっていましたが、20時頃には八木崎公園からも上がり、見事な大輪が夏の夜空に広がっていきました。
現代風のスマイリー・フェイスやハート型の花火のほか、糸柳、椰子、牡丹、デイジー、しだれ桜に似た形の花火や、菊の大輪の中に色とりどりの小さな花が咲いたようなものもありました。

花火と花火の間の小休止がほどよい長さで、余韻にひたることができるのも湖上祭のいいところで、周りからきこえる「子供たちの甲州弁で語る花火の感想」が妙に可愛らしく、思わず笑みがこぼれました。


県外ではあまり知られていないのですが、8月1日から5日まで、富士五湖では花火大会が各湖順々に開催されます。1日の山中湖 報湖祭にはじまり、2日の西湖 竜宮祭、3日 本栖湖 神湖祭、4日 精進湖 涼湖祭、最終日5日が河口湖 湖上祭です。(詳細はこちらをどうぞ。山梨県 花火大会 2014年

東部・富士五湖地方(私達はこの地域を『郡内』と呼びます)の人達にとって、富士五湖花火大会の中で最後を飾るのが湖上祭なので、「湖上祭=最後の花火大会」という認識の下、「最後の花火だね。」という言い方をよくします。

8日には忍野の花火大会が控えていますので、郡内地方最後の花火大会というわけではないのですが、地元だとこの「最後の花火」が会話にちょこちょこ登場します。

今回連れて行って下さったのは鳴沢村の方でしたが、「お盆を過ぎれば、夏は終わり。」という話をしていました。甲府盆地に住む私達も、昔から「お盆を過ぎると、朝晩の風が涼しくなる。」といい、事実、山からの風が変わるのを感じます。
「暑さ寒さも彼岸まで」で日中は暑い日も多いのですが、盆明けに朝晩の涼風に吹かれると、正に「真夏のピークは去った」気持ちになるのです。

皆さんがお住まいの地域ではいかがですか。

いよいよ花火も佳境を迎え、湖上祭名物、孔雀花火へ。

湖面で弾ける花火は半円を描き、孔雀が羽を広げた姿に似ているためにその名がつきました。水面に波がたたない湖でしかできないこの花火は、河口湖名物です。
半円が湖面に映り、逆さ富士を思い出させます。
こんな形の花火です。


フィナーレの「世界遺産 富士山」が終わり、周りは元の静けさに戻っていきました。

花火大会が終わった後のこの寂しさは、いったいどこからくるのでしょう。

夏が終わるから?

子供の頃は「長かった夏休みがもうすぐ終わるから。」という理由もあったかもしれませんが、どうして大人になった今もこんなに寂しいのでしょう。

庭に転がる乾いた蝉の死骸、しおれたひまわり、盆明けに吹き始める朝夕の涼しい風に、どうしてこんなに切なくなるのでしょう。生命あふれる季節が終わり長い冬に向かう中、時の流れや四季の移ろいに私達は抗えないんだということを本能的に感じ取るからなのでしょうか。

最後を飾るとびきり華やかな花火の後の静寂に、躍動する季節の後にくる沈黙の冬を知らず知らずに重ね合わせるのかもしれません。



この季節のラジオ定番曲になりつつありますね。
フジファブリック「若者のすべて」を、お聴き下さい。

Tuesday 19 August 2014

「FAB BOX」&「SINGLES 2004-2009」2014復刻版リリース決定

フジファブリックのデビュー10周年を記念して、20106月にリリースされた完全生産限定ボックス「FAB BOX」と唯一のベスト「SINGLES 2004-2009」初回生産限定盤を内容そのままに2014復刻版として限定リリースされることになりました。
詳しい情報は、こちらをご覧下さい。http://www.fujifabric.com/info/

ベストとして謳われている「SINGLES 2004-2009」ですが、2004年から2009年の間にリリースされた、いわゆるシングル集です。デビューシングル「桜の季節」から、志村君が作詞作曲した最後のシングル「Sugar!!」まで、全11曲が収められています。限定生産され、手に入らなかったファンも多かった「蒼い鳥」(映画『悪夢探偵』に使用された)も、収録されています。
「『ベスト』を選ぶのが、難しい。」というのは、フジファブリックの魅力の一つだと思いますので(多くのファンが同意して下さるところだと思います!)、個人的には「フジファブリック ビギナーズにとって、手軽に楽曲を知ることができるCD」と、お伝えしたいと思います。


最近では入手困難になっていたFAB BOX

志村君在籍時のフジファブリックとバンドの歴史を知ることが出来る、貴重な映像や音源が盛り沢山なこのFAB BOXが再販されることになったことは、大変嬉しいことだと思います。
2010年発売されたFAB BOXを十分堪能してきて再販にあたり考えたことを、今日は順を追っていくつか書いてみたいと思います。


まずは、DVD2枚組の「FAB MOVIES」。
Disc1LIVE映像集、Disc2はドキュメント映像集です。

Live映像集とはその名の通り、ライブばかりを集めた映像集です。
フジファブリックをよく知る東芝EMIのスタッフが、膨大な量の映像から厳選したもので、インディーズ時代の新宿LOFTや下北沢SHELTERでのライブ、メジャーデビュー後に東京や地方都市で行われたライブ(富士五湖文化センターでのライブを含む)の映像が収められています。

SONG-CRUXから出した「お月様のっぺらぼう」「笑ってサヨナラ」に加え、メジャーデビュー後のシングル曲やB面、アルバム収録曲などがほどよく散りばめられた曲目は、とても魅力的です。

でもそれ以上にこれらの映像を通して、志村君在籍時にライブへ行く事が叶わなかったファンも(志村君がいなくなってからファンになった方、ファンだったけどライブへ行けなかった方、などなど)、ライブに行ったことがあるファンも、当時の様子を垣間見て、想像を膨らませたり、思い出をたどったりできるというのが、この映像集最大の魅力だと思います。

2003年から2009年の間に録画された映像ですが、バンドの歴史と成長をみることができる貴重なものです。若さあぶれるメンバーが、たった6年の間に演奏も外見も急速に成長していくさまは、嬉しくもありちょっと切なくもあります。
付属の全ライブスケジュールが書かれたミニブックを読むと、ライブの数と公演場所に圧倒され、どれだけフジファブリックが頑張ってきて今に至るのかがわかります。日本中を周り、凄い数のライブをこなしていたんだな、と思います。


Disc2のドキュメント映像集は、インディーズ時代から2009年までのライブ、レコーディング、オフショットなどの未発表レア映像を収録。
ひょっとした仕草や言葉に、メンバーの素顔が見られる映像が多数ありますが、特に印象に残っているのはやはり皆で楽しそうに笑っている場面です。


次はCD「シングルB面集 20042009」です。

発売当時、限定生産盤だったため入手困難になった「東京炎上」「Cheese Burger」「ルーティーン」を含む、全曲リマスタリング音源によるB面集です。
シングルを買わない限り聴く機会がなかなかないB面ですが、こうしたB面曲を「コレクション」として出して下さったことは、画期的ではないでしょうか。
「おまけ」のように思われがちなB面ですが、フジファブリックはそこでもまったく手を抜くことなく、かえってフジファブリックらしさを自由に表現できる場としてB面を捉えていたように思います。

「セレナーデ」など、ロックの域を超えた何かを感じます。


続いてCD「アラモルト」。

5000枚限定生産盤だったため、入手困難となったPre-debut盤「アラモルト」を、当時のデザインを出来る限りそのままに収録した復刻版です。
収録されている7曲はすべてインディーズ時代に作った楽曲をリメイクしたもので、他のアルバムでも聞く事ができます。

では、「アラモルト」を手に入れる利点はなんでしょうか?

2ndアルバム「FAB FOX」や「アラカルト」とは違うアレンジの「茜色の夕日」は、一聴の価値があります。これから来る将来へのワクワク感や躍動感、希望が感じられるような、なんともいえない趣のある「茜色の夕日」です。

そのほか、「アラモード」とは違う「笑ってサヨナラ」「花屋の娘」「環状七号線」、「アラカルト」とは違う「線香花火」「ダンス2000」「浮雲」、1stアルバム「フジファブリック」とは違う「追ってけ 追ってけ」など、アレンジの違いを聴き比べて微妙な違いを楽しむがとても良いのです。

フジファブリックが心血注ぎ込んで作った気合が伝わってくるアルバムだと思います。
渋いです!


最後にCDRare Tracks & Covers」です。

フジファブリックの未発表音源として、「陽炎」(アコースティック・バージョン)、「Master Line」「シェリー」の3曲と、他のアーティストのカバー曲が5曲、収録されています。
未発表音源やカバー曲は、ファンの方それぞれが聴きたいように聴くべきだと思うのでコメントは控えたいと思います。ただ、曲の合間に聞こえる志村君のMCから、彼の人柄や仕事に対する態度、バンドへの想いが伝わってくるようで、FAB MOVIES同様、志村君やメンバーの人となりを知ることができる貴重なものだと思います。

Master Line」も「シェリー」も、どうして未発表に終わってしまったのでしょうか。
「眠れぬ夜」のように将来的には、リメイクをして発表するつもりだったのでしょうか。
今となっては、想像をめぐらせるだけです。

カバーしたアーティストは、志村君始めメンバーが尊敬する方々ばかりですから、どの曲を聴いても曲の良さを理解した人たちが演奏しているのが伝わってきます。

FAB BOXという企画を発案・企画し、現実にして下さったこと、本当に有難く思います。
また制作会社である東芝EMIのスタッフのフジファブリックに寄せる愛情が、企画と内容から直に伝わってくる作品であり、フジファブリックというバンドの、志村正彦さんというミュージシャンの歴史が詰まったBOXであります。

購入しようかどうか悩んでいるファンの皆様には、心からお勧めしたい作品です。

FAB BOX トレーラー