Wednesday, 3 November 2010

かばんの中 

前回に引き続き、「花」についてです。


いつも言っていることの繰り返しになってしまいますが、志村正彦くんは歌詞を書くとき、聴き手が自由に解釈できるようにするため、わざと限定するような言葉を使わないようにしていました。「一人ひとりがそれぞれの思いをもって、聴きたいように聴くのが一番。その方がよりリアルに聴こえ、聴き手の心をとらえやすい。」と、思っていたからです。

その志村君の意向をくんで、このブログでもできるだけそういう意味での歌詞の説明はせずに、外国の方でも理解しやすいような形で、歌詞の背景にある文化的な説明を主に書いてきました。(書いてきたつもりですが・・・もし私的解釈が行き過ぎの箇所がありましたら、お許しください。)

ちょっと今日の記事は今までの主義に反しているような気もするのですが、英語しか分からない外国のフジファブリックファンは日本語の本も雑誌もテレビ番組も分からないので、これからは彼らに関するちょっとしたエピソードもまじえながら説明したいと思いました。
日本のファンの皆様には、おなじみのエピソードだと思いますが、「花」における志村くんの歌詞世界を紐解くのに不可欠かと思いましたので、ご了承ください。



歌詞の中に、「かばんの中は無限に広がって  何処にでも行ける そんな気がしていた」という箇所がありますよね。

志村君は、いつも「亀の甲羅のような」(ご本人がどこかのインタビューで言っていましたっけ)大きな重いかばんを持ち歩いていたそうです。そのかばんの中には、沢山のものが入っていましたが、そのほとんどが自分の音楽に関するものでした。
メロディーを思いついたらすぐに録音できるレコーダー、MDプレーヤー、カセットプレーヤー、歌詞を考えたらすぐに書き留めておけるメモ帳、iTunesの入っているノート型パソコン(バンドの音を入れては、自分で確認していたと「志村日記」でいっていました)、本。
恐らくもっと沢山のものが入っていたのでしょう。

日常生活の中で何かをふっとひらめいた時、いつでもこうした物を持ち歩き、忘れないように書きとめて(録音して)おいたのです。
「音楽に関すること以外はあまりしたくない。」といっていた志村君でしたから、何をしていても音楽のことが頭を離れず毎日を過ごしていたんだな、と思います。

両国国技館のライブのDVDを観ると、志村君がちょこんと正座をしてコンビニのビニール袋か何かを手早く結んで、黒いリュックに入れるシーンがありますよね。
あのかばんだったのでしょうか。

そして、かばんの中には志村君の夢と可能性が無限に広がっていたに違いありません。
かばんに詰まった小道具たちは、ツアーの時もレコーディングの時もプライベートな時も志村君と共に歩き回り、大きな夢を叶えるためのお手伝いしていました。
だからこそ、かばんの中は無限に広がり、何処にでも行ける気にさせてくれたのではないでしょうか。

私たちが学生時代はよく先生たちに、「学生鞄が薄いヤツは勉強ができない。中に勉強する道具がまともに入っていないからだ。出来るヤツの鞄は決まって重いもの。」と、言われました。テクノロジーの発達した今日は、英和・和英・国語の辞書も電子辞書にかわり、本も携帯で読めるようになったので、今の中高生はそんなこといわれないでしょうね。
学生鞄を、ちょっと懐かしく思い出しました。

志村君の思いがいっぱいつまった「東京、音楽、ロックンロール」、今では入手困難だそうです。
本当に残念でなりません。このかばんのエピソードをはじめ、志村君がどれほど頑張ってフジファブリックを作っていたのかを知るだけでなく、これからミュージシャンを志す若者たちにとって知らなければいけない情報が満載だからです。
どの道を選んでも、一流の仕事をするということは大変なことなのだ、ということがよく分かります。

ぜひ版を重ねて欲しいと、強く要望いたします。

では志村君のかばんの登場する、Day Dripper お聴きください。

2 comments:

Aiko★(^x^)★ said...

とてもこの志村君はとても美しく感じました(゜_゜)楽屋での様子を見ていて志村君の真面目なキャラクターが分かりました^m^

Jack Russell in Bangkok said...

Aiko さん、いつもコメントありがとうございます。
志村君の真面目さが伝わってくるPVですよね。
一生懸命やっていただけに、何もかもが残念でなりません。
これからもフジファブリックの応援、よろしくお願いいたします。