Tuesday, 30 November 2010

黒服の人

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四季盤最後のシングル、冬を飾った「銀河」は、フジファブリックの曲の中でも大人気を誇る名曲で、毎回ライブでは異様な盛り上がりを見せます。
その「銀河」にカップリングされていた「黒服の人」。
今年6月に発売されたB面集で初めて耳にした方もいらっしゃると思いますが、冬らしさがよく表現されている素晴らしい曲です。例にもれず、フジファブリックの曲は手を抜いた「駄曲」というのが本当に見当たらないのですが、この曲もシングルになっても全然おかしくない出来だと思います。

古今東西、「死」というトピックは結構ロックの中で扱われているものですが、「葬儀」というテーマを通してここまで美しく冬の情景を描写し、あの独特な雰囲気のある葬儀の最中に、考えずにはいられない「命の儚さ」と「愛する人と自分を離別させた死」というものを、冷静に、且つ陰気臭くならずに歌った曲はないでしょう。
志村君が、天才だと思う瞬間です。




(これが日本で葬儀の際に親族が着る「喪服」です。)
「喪服」などの月並みな表現を使わず、あえて「並ぶ黒服の人」という単語のみで、リスナーに「これってもしかして、お葬式の歌なの?」と思わせ、その後に続く「笑ったあなたの写真」と「泣いてる」という箇所で、それを決定的にします。「黒服の人」は、違う状況だと慶事に参列している礼服を着た人や、はたまたギャング(ちょっとコテコテですが)にもなりうるわけですが、AメロBメロを聴いているうちに、冬のお葬式の様子が鮮明に浮かんできます。

「見送ったあとの車の 轍に雪が降り積もる」ような、とても寒い日のお葬式。
淡々と葬儀の様子を詠った後、「遠くに行っても 忘れはしない 何年経っても 忘れはしない」と、深い悲しみを簡素でありながら、でも強い意志がこもった言葉で締めくくっています。

どこかのインタビューで、志村君が「父方のおばあちゃんが亡くなったときのこと思い出して書いた」と言っていた記憶がありますが、ちょっと定かではありません。

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(これが、日本で葬儀の際に使われる「香典袋」です。)

地方によって冠婚葬祭はさまざまな形式をとりますが、志村君の故郷、富士吉田市にも独特の風習があります。葬儀の際に、お香典をお香典袋に入れないで持って行くことです。
葬儀場の入り口にある「精算所」(という名前だったと思いますが・・・)で、袱紗や香典袋に入れていないお香典を差出し、自分の名前を言います。この時、3000円のお香典を差し上げたいのに持ち合わせがなかった場合には、5000円札や1万円札を受付の方に渡してその旨を告げると、おつりをくれます。
これは山梨県の中でも独特の文化ではないでしょうか。
郡内(富士吉田、上野原、都留など)の風習なのかもしれません。
(ちなみに私の出身地、山梨県甲府市ではこの形式ではありません。)

研究題材として取り上げたら、興味深いことがわかるかもしれません!

日本では「黒」が礼服として冠婚葬祭に使われますが、タイ華僑は深い悲しみの色は「白」とされ、近親者の葬儀では家族は白装束で参列します。ただ日本人と同様、知り合いの葬儀に行く際は、黒い喪服を着用します。ただ日本と違い、慶事に黒や紺の衣装を着ることはタブーとされ、結婚式などでは絶対に許されない色が「黒」です。
沖縄のある地方では、葬儀の色は「水色」で、黒白の代わりに水色と白の縞縞模様が使われたますよね。
西欧でも日本同様、「黒」は喪に服していることを表す色です。

誕生と死は人間から切手も切り離せないものですから、誕生祝いや葬儀にその地に住む人々の風土と風習が凝縮されて表現されるのは当然ですね。

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志村君独特のちょっとぶっきらぼうに聞こえる声で歌う、「黒服の人」。
だからこそ、厳寒に震える富士吉田の街角で執り行われた葬儀の様子が鮮明に浮かび上がり、その中にある深い悲しみが伝わってくるような気がします。

そして最後にだんだん遅くなり、鳴り響くシンセの「ツーーーーー」という音。
私はどうしてもあの音が、心電図の音とだぶってしまいます。
志村君がこちらの世界からいなくなってしまった今、複雑な気持ちでこの曲を聴いているファンも多くいらっしゃると思いますが、この曲が名曲であることには変わりありません。
まだお聴きになっていない方、ぜひお聴きください。


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