Saturday, 29 September 2018

山梨日日新聞 「風林火山」に志村正彦さんが取り上げられました

山梨県唯一の地方紙、山梨日日新聞の一面には、風林火山というコラム欄があります。朝日新聞でいう天声人語のようなもので、最近の時事問題などを含む県内ニュースを題材にして、山梨日日新聞の論説委員が執筆し、社説とはまた違う角度から分析するという、比較的親しみ易いコラムとなっています。

2018年9月27日付の山梨日日新聞一面「風林火山」に、志村正彦さんのことが取り上げられました。

「東京、音楽、ロックンロール」。なんて格好のいい響き。ロックバンド「フジファブリック」のフロントマンだった故志村正彦さん=富士吉田市出身=がホームページでつづった日記を収録した本のタイトルだ▼「うどんは吉田うどんが一番」「俺も山梨にキャンペーンに行きたい」「夢の舞台、富士五湖文化センター公演」・・・。著書には山梨愛にあふれた言葉多数。一方で、東京で出会った人々や音楽を通じ、自信の可能性を切り開いていくさまも伝わってくる▼
(山梨日日新聞 「風林火山」 2018年9月27日付記事より抜粋引用)

東京一極集中と安部首相が掲げてきた地方創生の伸び悩み、山梨県の人口減対策の低迷など抱える問題が多い反面、山梨大などの高校生アンケートでは「ずっと山梨で暮らしたい」「いずれ山梨に戻りたい」などの地元愛にあふれる回答が7割を超えるという結果も出たそうです。

「将来は田舎に住みたい」「あ、それなら、山梨に住みたい」
(山梨日日新聞 「風林火山」 2018年9月27日付記事より抜粋引用)

志村君のこんな言葉で、コラムは締めくくられています。
2013年7月に富士吉田市新倉浅間神社の神楽で開催された「志村正彦を謳う会」で、志村君をよく知る方からのお手紙を読ませて頂きました。その中で、将来は山梨に帰って来たいと話していたこと、地元で音楽に携わる仕事をしたいと思っていたことなど、志村君が地元富士吉田をどれほど愛し、地元高校生の7割と同様、いつかは帰って来たいと夢見ていたのだと思うと、胸が痛くなりました。

2008年5月31日に富士五湖文化センターで行われた凱旋ライブで、「憧れの場所、富士五湖文化センター(市民会館)でライブをすること」「親戚や友達ではない、一般のお客様で会場を満席にすること」という二つの夢が今日は叶ったとはにかみながら、でも真剣に語る志村君。「故郷へ錦を飾る」とは、このことだなとつくづく思いました。

山梨ではほとんどの家庭がとっているといっても過言ではない山梨日日新聞の一面に、志村正彦さんの地元愛が載っていたこと、そして執筆した記者の志村さん愛が止まないことは大変嬉しいことでした。昨日はその記事を読み、感激したと、何人もの方々が地元から遠く離れた私にまで連絡を下さいました。それほど反響は大きく、多くの方の目に留まった記事だったのでしょう。

富士山麓から、世界に響け!
フジファブリック!



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