Thursday, 25 October 2012

山梨の県民性


先日いろいろネットを見ていたら、興味深い記事を見つけたのでご紹介致します。
「山梨県の県民性」についてです。

最近は「カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW」という番組がテレビに登場するなど、各県にしか通用しない常識や食文化などが話題になっています。
この番組を見ていると、

「え?なんで不思議なんですか?じゃあ、ほかの県の人達は、どうするんですか(笑)」

「じゃあ、これを他にどうやって食べるんですか?」

と、その食べ物や習慣がトピックになること自体が理解できないという反応を示す地元の方が、多いですよね。
でも、あれは当然のことです。

他県(特に東京などの大都市)に進学したり、赴任したり、結婚したりして、初めて分かることも多いものです。
私の経験から言いますと、周りから指摘されて初めて気付くパターンが多いです。
ましてやその県で生まれ育ち、同県出身の人と結婚しずっとその県に住んでいれば、尚のこと、地域限定の文化や食に気付く機会は少なくなります。

私自身も本当につい3日ほど前に、「おびちょ」(幼児言葉で「お風呂」のこと)が甲州弁だということを初めて知りました・・・。家族を含め、私の周りでは普通に通じていたので、不思議も不自由も感じなかったというのが正直なところです。
幼児言葉のため、もちろん大人同士では使いませんが、山梨出身ではない子に言って「ソレ何?」と聞かれ、初めて発覚。
知らなかった!


山梨県の県民性をネットで調べてみると、「あながち嘘ではないけど、それは個人的な問題では?」という特徴を含む記事もたくさん見つかります。
こちらなど、典型的でしょうか。とことん県民性 県民性コラム 山梨県

「真面目で努力家」
「義理人情に厚い」
「お金に細かくケチ」
「自己中心的」
「見栄っ張り」
などなど。

確かにそういう傾向はあるのかもしれないけれど、これはかなり個人差があるのではないでしょうか。

いろいろ調べるうちに、ある本に行き着きました。
「出身県でわかる日本人診断」(樋口清之 著)です。

生まれも育ちも山梨県、何代遡っても親戚一同、山梨に居るという生粋の山梨県人?の私が読んでも、納得。詳細にわたり説明してあります。

概要は、以下の通りです。


北に甲斐駒、南に富士山、まわりを高い山々に囲まれた山梨県。

昔から水害や、生産性の低い火山灰地に苦しんできた。古くから鉱山を開発したのも、ブドウの栽培をはじめたのも(約300年前、元禄の頃には栽培されていたが、果実栽培で生計をたてるというのは、日本では非常に珍しい)、生産性を高めるため。

富士吉田を中心とする郡内地方は、江戸時代の頃より桑を植えて養蚕を盛んに行い、「甲斐絹」(「かいき」)という名産品を産む。
これを開港した横浜に運んで、財を成す甲州商人が出てきた。

(横浜でも、『~じゃん』という言葉を使いますが、あれは山梨の行商人たちの話す甲州弁『~じゃん』がはじまりです。
皆さん、ご存知でしたか。)

甲斐の国は天領(幕府直轄の領地)となり、政治の貧困をうむ。過酷な自然環境と悪政の中で、生きる道を探すこととなる。

そのため、山梨県の男は、働き者が多い。女は家を守って、養蚕や織物に従事するのが精一杯だが、男は農事に励み、出稼ぎや行商をして骨身惜しまず働いたため。


樋口さんは、「山梨県人の性格を投影する山岳の姿は、美しい富士山ではなく、甲斐駒、八ヶ岳、金鶏山など、のこぎりの歯のような連峰の鋭さ」と表現します。

貧しい土地と閉塞された盆地に生まれ、地域性の強い土地に生きる人々。

また甲州人特有の道徳性があると、初代 根津嘉一郎氏(東武鉄道。詳しくはこちらをどうぞ)を例えに出し、説明しています。

「一生懸命努力して、まともなルートで成功することが美しい」
「一回でもお世話になった人には生涯かけて尽くす」

また、赤尾好夫氏(旺文社 創始者。詳しくはこちらをどうぞ)を、「謙虚で、自分に対するきびしさをもった人だが、これは山梨県人全体を通じていえる美点」といっています。

(富士山頂のご来光 2012年9月)

J Groove Magazine(2004年11月発売)の記事で、志村君もある「山梨の県民性」を言っています。

OUTLAW(1996年結成。山梨県南アルプス市出身。2006年解散。詳しくは、こちらをどうぞ)ってバンドの人達とも話していたんですけど、同じ山梨県出身なんですけど、山梨県人はどうしても「これはこうだから、こうだ」みたいなことがいえないところがあるらしくて。だから自信を持ってこうだと言えない特質みたいなものが出てくるのかもしれない。そういう県民性みたいなのはあるんじゃないですかね。

(インタビュアーに『その節は自分で思い当たります?』ときかれて)
思い当たりますね。

山梨は東京の、一応隣なんですけど、劣等感みたいなやつがありますし。
山梨には日本一の富士山があるって言いながらも、どこかで。
東京は嫌いだ嫌いだと言ってるんだけど、みんな東京に進学しちゃう、みたいなね。
でも結局東京人にはなれないというか、今でも。
東京によそ者で来てるって感じなんです。
だから、いつか帰ろうと思ってるのは山梨なんですけどね。
鋭いご指摘、その通りだと思います。
多くの山梨県人、同意して下さるのでは・・・?

「貧しい土地と閉塞された盆地」で、「地域性の強い土地」に生きるため、人と人との繋がりが非常に強いのが山梨の特徴であり、最大の魅力だと、私は個人的に感じています。
何代も続く人と人との結びつきは、とても強いものです。
曽祖父の代からの付き合いという人達は、結構周りに大勢います。

このような過酷な環境下ですから、皆と助け合って生きていかねばなりません。困っているときには助け合わねばなりませんし、昔は村八分になれば、死活問題です。

集落の皆と仲良く、波風たてずにやっていきたいと思うゆえに、主義主張をはっきりとすること、特に皆と違う意見をはっきりいうことを避けるようになったともいえるでしょう。
その影響は、今でも色濃く残っていると思います。

山梨県人が目立ちたがり屋を蔑むのも、こんな背景からなのかもしれません。

今日は、フジファブリックの音楽の魅力からは少し脱線しましたが、志村君がインタビューで言っていた意味を、考えてみました。

今日の一曲は、「黒服の人」。
だんだん寒い冬が近づいてきます。
富士吉田の冬の寒さが、思い出されます。



Tuesday, 16 October 2012

「秋盤」にこめられた思い



富士吉田の金木犀は散ったというのに、甲府ではやっと咲きだしたとのこと。
2012年9月の世界平均気温が、史上最高だったそうですから、無理もないのかもしれません。

金木犀の香りは独特で、木の所在をこの季節になって初めて気付くことも少なくありません。まさに秋を感じる花です。
今年は桂花茶(金木犀の花が入ったお茶)を飲みながら、日本の秋を想像することにします。

さて、今日もツイッターで片寄明人さん(Great3)や今村圭介さん(東芝EMI)のお二人がつぶやいていらっしゃいましたが、「秋盤」はやはり本職の方たちも認める名曲だと思います。
この季節になると思い出すファンも多いと思いますが、他の季節に聴くとまたそれはそれでなんともいえない趣があり、一瞬にして秋へとタイムワープするようです。

「赤黄色の金木犀」(カップリング曲「虫の祭り」)がリリースされた2004年秋に発売された様々な雑誌記事から、今日は抜粋して書きたいと思います。



2003年の秋深まった頃、「赤黄色の金木犀」は、志村君がぽっと書いた曲として誕生します。
曲作りとは全く違うことをしている時、例えば道を歩いている時などに、その風景を切り取ってパーッと書いて曲にする、というパターンが多い志村君ですが、「赤黄色の金木犀」も典型的なそのひとつ。

パッとイメージ出来た瞬間に、その風景の中にある言葉を綴っていく感じ。
やっぱり、天才ですね・・・。

この曲の雰囲気で、秋を錯覚してもらいたいと思い、書いた曲なのだそうです。外を歩いている時などに今、体験していなくても、この曲の雰囲気を思い出して欲しい。

意識して、リズムをちょうど自然に歩く速さにしてあり、「特に外で聴いて欲しい曲」とおススメしていますが、秋のひんやりとした空気の中で聴きたい曲ナンバーワンである所以は、これかもしれません。

音楽的には、フジファブリックにしては珍しく、ギターが引っ張っていく仕上がりになっているとのこと。本当にそうですね。



そして、志村君は自分の中の「秋」を語り始めます。

志村君の「秋」は、彼の原風景の中にありました。

山梨では、秋になると街のあちらこちらで、落ち葉を燃やして焚き火をします。なぜかそれは夕暮れ時で、今考えて見ると大人が仕事終え、落ち葉を掃き集め、最後の一仕事として燃やしていたからかもしれないと思いますが、真相はどうだったのでしょう。

志村君はこの落ち葉焚きのにおいと共に思い出す、街中が煙がかった風景が、小さい頃の記憶として残っているそうです。
東京は東京で秋のにおいもあるけれど、それとは別物で、自分の「秋」のイメージははこれだと言い切っています。

「虫の声」も、イメージはふるさと、富士吉田にあるそうです。

ご実家の隣にあった古い家の庭で(今は、そこに違う建物が建ってしまったので、虫は見かけなくなったと言っています)、見かけたり聞こえたりした虫たちが、「秋の虫」というと思い浮かぶのだと言っています。

四季盤を聴くと、富士吉田を思い出すのは、志村君が抱いていたこういうイメージが深いところを流れるからなのですね。納得です。
なんとも言葉に表現出来ない秋の気忙しさや物悲しさ、匂いや風景を、若い世代に伝えるロック。
名曲です。

今日の一曲は、「赤黄色の金木犀」。
金木犀がまだ咲いていない地域の方も、散ってしまった地域の方も、今咲いている地域の方も、
ぜひ楽しんでお聴き下さい。

Monday, 8 October 2012

虫の祭り 


ご無沙汰しております。
今日のバンコク、朝から雨が降ったり止んだり、青空と雨空が半々に見えていて、変な天気です。これがもしや、数日前からタイ人が恐ろしげに語っている「嵐」の余波でしょうか・・・。

日本では、各地で今秋一番の冷え込みを記録したとききました。山梨県東部富士五湖(富士吉田のある地方)では、今日の最高気温が18度。
今日の富士山は冠雪しているそうですね。
山から吹き降ろしてくる冷気の運んでくる雪の匂いを嗅ぐと、山国の人間は季節が冬に向かって足早に過ぎていっているのを身に沁みて感じます。

今日は、「虫の祭り」について。

2004年9月29日、フジファブリックの通算3枚目のシングル「赤黄色の金木犀」のカップリング曲としてリリースされました。ちょうど金木犀の季節に合わせて、リリースされたのですね。

以前書いた記事はこちらですが(2010年10月11日付 「虫の祭り」)、今日は主に歌詞についてみてみたいと思います。
作詞作曲 志村正彦、編曲フジファブリックです。

フジファブリックのB面曲は、すべてA面になることができる実力派の曲ばかりですが、特に「四季盤」のカップリング曲は名曲揃いだと個人的に思います。
「赤黄色の金木犀」について、「匂いが香ってくるような曲にしたい」と、以前志村君は語っていましたが、嗅覚をくすぐるA面に併せて作ったカップリング曲は、想像の中で聴覚を呼び起こすという粋な手法が使われています。


恋人が去っていってしまった部屋に、一人残された自分。開けてある窓からカーテン越しに入り込むのは、秋の風だけではなく虫達の声。
祭りの様に賑やかに、花火の様に鮮やかに、聞こえてくる。

歌詞に登場する「花火の鮮やかさ」は視覚で、「祭りの賑やかさ」は視覚、聴覚、触覚で感じるものですが、聴覚で感じる「虫の音」を表現するためにこの二つの言葉を選ぶ志村君の文才には、いつも感動させられます。

その上、祭りも花火も言わずと知れた夏の季語であり、秋を代表する虫の音を描写するために使おうとは、凡才は思わないでしょう。そこが他の誰にも真似できない、志村君のセンスだと思うのです。


「にじんで 揺れて 跳ねて 結んで 開いて 閉じて 消えて」いくものは、なんだったのでしょう。

花火だったのか。
虫の音だったのか。
祭りだったのか。
それとも、祭りの様に過ぎ去った記憶の中にある何かだったのか。

あえてそれが何であるかを限定せずに、リスナーが自分の経験と記憶と想像力の中で、自分なりの「何か」をあてはめることのできる歌詞こそが、フジファブリックがフジファブリックである所以です。


一青年が、アパートの一室で(たぶん一階)、独り別れた恋人のことを考えながら部屋にいるという、よくありそうなシチュエーションを歌っているのですが、この曲を聴くと、なぜか不思議と懐かしい気分になります。
きっとこの曲の根底に流れるものが、もっともっと深いところから来るものだからではないかと思うのです。

ファブリックの作り出す音楽は、西洋にルーツのあるロックというジャンルでありながら、日本人が昔から愛でてきた「季節の移ろいから感じる色彩や音」が、大切に歌われています。そこが私たちの感じる懐かしさであり、心地よさであり、感激させられる元なのではと思いました。

「四季盤」含めフジファブリックの1stアルバム「フジファブリック」は、日本の音楽史に残る名盤だと思います。
もっともっと評価が上がっても、いいのでは?!!
ぜひ多くの方に一度でいいから聴いて頂きたいと、切に願って止みません。

今日の一曲は、「虫の祭り」です。
富士吉田では、金木犀が咲いているとききました。皆さんの街ではいかがですか。虫の音も、金木犀の花も、今から来る厳しい季節の前に、私たちを和ませてくれますね。

(「結んで開いて」の一節は、幼稚園のお遊戯の時間によく歌った童謡「むすんでひらいて」を思い出します。志村君が好きな歌だったのだろうか・・・。)

Thursday, 20 September 2012

流鏑馬(やぶさめ)祭り 2012 小室浅間神社

昨日19日、山梨県富士吉田市下吉田にある小室浅間神社(地元の人達は、「下浅間」と呼ぶ)で、恒例の流鏑馬(やぶさめ)祭りが執り行われました。

祭りの由来などは、昨年記事に致しましたので、よろしかったらご覧になって見て下さい。
2011年9月18日付記事 Fujifabric International Fan Site 「小室浅間神社 流鏑馬祭り 2011」

今年も山梨日日新聞WEB版にて、今年の例大祭の様子が動画で見られます。
雨があがって良かったですね!

ブログ形式の面白い記事もあります。
山梨のなう 山梨情報ぶろぐ 神事としてのやぶさめ 小室浅間神社 流鏑馬祭り (富士吉田市)
昨年2011年の記事ですが、とても細かく出ていて興味深いものです。

吉凶占いの結果が、気になるところですね。富士吉田の皆さんにとって、良い一年になってくれるようお祈りしています。

今日の一曲は、「お月様のっぺらぼう」。
「あー ルナルナ お月様のっぺらぼう」
幻想的な歌詞に加えて、この音楽。病み付きになります。
今年も中秋の名月が近づいてきます。9月30日、雨が降らないといいな。


Tuesday, 18 September 2012

Loftとフジファブリック パート2


今日のバンコク、久々に晴れております!貴重な晴れ間です!!長雨が上がったら、急に空が秋めいてきました。トンボとツバメが野原を飛び交い、乾季が近いことを教えてくれています。

昨日よりひき続き、今日も「Loftとフジファブリック」です。


フジファブリックは、Loftグループが運営しているレーベル「SONG-CRUX」出身のアーティストで、バンドの歴史を語るとき忘れてはならない存在です。
今でも根強いファンを誇る二つのミニアルバム「アラカルト」「アラモード」は、SONG-CRUX時代にリリースされたもの。

これだけでなんとなくLoftがどういう感じなのか、伝わってくるような気がしませんか・・・?!


LoftのHPはこちらです。
Rockin' Communication 新宿 Loft
FOOD&DRINKでは、志村君おススメのオムライスもありますね!



フジファブリックを原点から知る方が、Loftの樋口寛子さんです。
樋口さんは、Loftから数多くのバンド(フジファブリック、メレンゲ、音速ライン、nobol等)を世に送り出してきました。
Twitterでは樋口寛子さんのお名前で、また「スタッフHのブッキング制作・企画ブログ」と題してブログもしていらっしゃいます。
スタッフHのブッキング制作・企画ブログ

ファンの皆さんの中にはご存知の方も多いと思いますが、志村君が亡くなってすぐの日付、2009年12月28日に樋口さんがお書きになった記事をご紹介させて頂きます。
只純粋に音楽が大好きで、ひたすら音楽をやりたかった志村君。目をキラキラさせてギターを持っている志村君の姿が目に浮かぶようです。
2009年12月28日 私の青春 ゼロ年代 

2011年12月に開催された「志村正彦展」に関する記事も、とても温かいもので、胸がいっぱいになります。
2011年12月25日 志村正彦展 富士吉田

このほか、ブログ内検索で志村君を検索してみると、多くの記事が出てきますのでご覧になって見て下さい。
私の手元にあるRooftop(Loftプロジェクト発のマガジン)は、「アラカルト」と「アラモード」がリリースされた時のインタビュー記事が主なのですが、その他「フジファブリック コーナー」と題した特設コーナーで自主企画(『倶楽部AKANEIRO』など)、ライブインフォメーションや、昔のフジファブリックのオフィシャルHPアドレス(旧 フジファブリック オフィシャルHP 移転済みです)の紹介、チケット情報などなどが、お知らせされています。

関係者のコメント付きの「メレンゲ/フジファブリック 新宿ロフト&下北沢シェルター 出演履歴」は、当時の面影を知ることのできる記事ですので、ぜひご覧になってみて下さい。
メレンゲ フジファブリック 新宿Loft&下北沢シェルター 出演履歴 
ちなみに下北沢SHELTERも、Loftグループです。

最後に、新宿Loftでの縁がきっかけで、後に大親友となったメレンゲ クボケンジ君と志村君の対談を二つ併せてご紹介したいと思います。

Rooftop 2004年11月15日付 メレンゲ×フジファブリック ヴォーカリスト対談 クボケンジ(メレンゲ)×志村正彦(フジファブリック)

Rooftop 2009年11月 原点に戻って改めて見える景色 クボケンジ(メレンゲ)×志村正彦(フジファブリック)

奥田民生さんがきっかけで、志村君が音楽の世界に入ったように、フジファブリック 志村正彦に影響を受けて音楽の世界を志す若者たちが、これからきっと出てくることでしょう。そんな彼らにとって、Loftと樋口さんの存在は、心の拠り所となるに違いありません。

志村君の、フジファブリックの原点、Loftです。

今日の一曲は、「アラカルト」から「線香花火」。

「線香花火のわびしさをあじわう暇があるのなら 
最終列車に走りなよ 遅くは 遅くはないのさ」

夜のしじまに揺れる線香花火の火。あのわびしさは、どこからくるのでしょうね・・・。

Monday, 17 September 2012

Loftとフジファブリック


今朝のタイ バンコク、所々道が水没しております。雨が降り続き、今年も洪水になるのかとドキドキする毎日です。
昨年洪水が発生した地域(我が家のある地域も含む)では、ヤスデが異常発生し、ジメジメ気分が余計どんよりとなっています。

「Clock」の一節、
「晴れなら気分良好 雨なら逆に下降 
天気に左右上下 振り回されちゃうよ」

本当にそうだな、と思います。


さて、気を取り直していきましょう!


今日はるーふとっぷ瓦版(2003年8月号)の記事からです。

Rooftopとは、皆様ご存知のようにLoft Project発のマガジンです。ウェブ版もあります。
Rooftop

「フジファブリック」でウェブ内検索をすると、2004年11月に行われたメレンゲ クボケンジ君と志村君の対談など、懐かしい記事も色々でてきますので、ご覧になって見て下さい。

フジファブリックを語るとき、Loftの存在を忘れることはできません。
ご存知の方も多いかと思いますが、フジファブリックはLoftグループが運営しているレーベル「SONG-CRUX」出身のアーティストだからです。

志村日記などにもちょこちょこと出てくる新宿Loftに関する記事(他のバンドのライブを見に行った、おいしい食事などなど)を読むと、Loftが如何に特別な場所だったかが伝わってきます。

ファンにはお馴染みの「赤富士通信」も、元はと言えばSONG-CRUX時代に、フジファブリックと樋口寛子さんが一緒に立ち上げ、毎月発行していたものでした。

今日ご紹介するLoftグループフリーペーパー「るーふとっぷ瓦版」2003年8月号、ページの上半分がフジファブリック、下半分がメレンゲと使われております。
フジフジ富士Qで「今日出演バンドの中で、フジファブリックと一番古くからの付き合いがあるのがメレンゲです。」と紹介されていた通り、こんな昔から紙面を同じくして一緒に活躍していたのですね。



2003年7月11日(金)にはタワーレコード新宿店にて、7月13日(日)にはタワーレコード大阪店にて、2ndミニアルバム「アラモード」インストア・ライブが行われました。その様子を志村正彦君と「レーベルスタッフ H」こと樋口寛子さんが書いています。

志村君によるレポートと樋口さんの書くレポートが、絶妙でおもしろい!!
引用させて頂きます。

2003年7月11日(fri)@タワーレコード新宿店
まず一日目のタワレコ新宿店のインストアにはとてもたくさんの人が来てくれて驚きました。リハーサルから見に来てる方もいたりして、とても緊張しました。ただ、内容の方が良くなく悔しかったので、また新宿店でインストアをやってリベンジしたいです。終わった後は、延々と続いていくサイン会に驚きました。買って頂きありがとうございました。(志村)

人の多さに樋口さんも、びっくりしたと書いています。そんなお客さんの姿を見ていたら、徹夜作業で苦労したこともすっかり忘れ、喜ばしい出来事だったと印象深そうに締めくくっています。


そして7月13日(sun)@タワーレコード大阪店

遂に来ました大阪・梅田店。東京を深夜1時に出発し、道が空いていたので、9時過ぎには到着しました。11時にタワレコ・インストア会場に入れたのですが、少し遅れたほうが大物っぽいかなぁと思い、13時に入りました(笑)。ライブの内容ですが、新宿店での反省も含めて頑張りました。良かったと思います。大阪も本当にたくさんの人が来てくれました。また宜しくお願い致します。(志村)

樋口さんによると、この頃のフジファブリック、睡眠時間もろくにとれない連日過密スケジュール。それでもライブになるとテンションが上がり、いろんな意味で「フジファブリックは強くなった」と言っています。久々にフジの生音が聞けると、リハの時から店内がワサワサしていたのと、早めに着いた一行皆でファーストフードで朝食をとったのが、スタッフとして印象的だったそうです。



その後、2003年8月7日(木)、新宿Loftにて行われた「フジファブリック セカンドミニアルバム『アラモード』発売記念ライブ」と続くわけですが、ここでもメレンゲがゲスト出演しています。

Rooftopでのメレンゲの書くフジファブリックへのコメント、フジファブリックが書くメレンゲ バンド紹介も、素の言葉で楽しさ満載です。

フジファブリックのメンバーの誰がこのコメントを書いているかは不明ですが、
「ドラムの山ちゃんさん(この「さん」をつけるところが、志村君っぽいなぁと私は思うのですが・・・)は、男の中の男」
「ベースのツヨシさんは酔っ払うと手が付けられない」
といった後で、
「クボ氏については敢えて何も言いません・・・。メレンゲの音楽は素晴らしいと思うのですがね・・・。」。

これに加えてRooftop2003年7月号、志村正彦君とクボケンジ君、大森元気君(残像カフェ)の3人が、「アラモード」発売記念ライブにあたってしている対談もおもしろい!


Loft発信の情報を見て感じるのは、志村正彦という人は只々純粋に音楽が大好きで、音楽をしていたかった人だったんだな、ということです。インディーズ時代は、きっと肉体的にも経済的にもとてもハードな時期だっただろうと察しますが、どの記事を読んでもキラキラ光り輝いている志村君がいます。

亡くなる1ヶ月ほど前の2009年11月12日、新宿Loftにて「SHINJUKU LOFT 10th Anniversary~Premium Live Event 2009 原点回帰~」に他のバンド多数と出演しているフジファブリックですが、その模様は樋口さんのブログをご覧下さい。
輝いています。

スタッフHのブッキング制作・企画ブログ 「無事終了しました」2009年11月13日付


今日の一曲は、「アラモード」から「花屋の娘」。
2004年4月13日、新宿Loftで行われたライブです。

いまだに根強い人気を誇る、フジファブリック感炸裂の曲です。歌詞の奇抜さが注目を浴びがちですが、各楽器の奏でる音と志村君の声に耳を傾けてみませんか。
全然違った魅力が溢れているのに気付かされ、フジファブリックの音楽の深さに打ちのめされます。

Wednesday, 12 September 2012

2012年 富士山初冠雪


今日は違う記事を書いておりましたが、「富士山 初冠雪」のニュースが入ってきたので、急遽変更です。

MSN産経ニュース 2012年9月12日 「富士山が初冠雪」

平年より、18日早いのですか。
毎日暑いと思っていても、季節は確実に変わっていきます。

「日中は暑くても、朝晩が涼しくて、吉田の秋ですよ。」と、つい先日、富士吉田のお知り合いから便りが届いたばかりでした。

「富士吉田 富士山初化粧宣言」でたのでしょうか。

個人的には、山日の写真の方が好きなので、併せて載せておきます。富士吉田の初秋が匂うような、いい写真です。

山梨日日新聞 2012年9月12日付 「富士山が初冠雪」

こちらの富士山ライブカメラからも、運が良いと初冠雪が見られるかもしれません。

富士五湖テレビ 富士山と富士五湖の観光情報局 富士山ライブカメラ


夏は夏で、また秋は秋で大好きな私なのですが、この夏の終わりから秋にかけては、なぜか無性に淋しくなる季節であります。
この言葉にできない寂しさはなんなのでしょうね。


そこらじゅうでうるさいぐらいに鳴いていたセミたちが、ふと気が付くとずいぶんまばらに鳴くようになっている。乾いたセミの死骸が熱風に吹かれ、道に転がっている。
夕暮れ時外へ出て、「ずいぶん日が短くなってきたな」と気が付き、夜になると長い間なりを潜めていた虫たちの声が、ずいぶん賑やかにきこえてくる。

夏の終わりです。

今日の一曲は「虫の祭り」。
夏の風物詩である祭りや花火の賑やかな風景を、秋の虫たちの声を表現するために使う志村君。このコントラストがなんともいえない。「赤黄色の金木犀」とのカップリング曲ですが、フジファブリックの生んだ名曲の一つだと思います。

やはり天才ですね、志村君。

次回の記事は、「アラモード」についてです。