Monday, 7 May 2012

「ふるさと」

今朝のバンコク、青空が広がっております。入道雲がきれいです。
相変わらず暑いですが先週の酷暑からは解放され、そろそろ雨季の気配。せみの声も、もうあまりきかなくなりました。
タイの真夏は、水を求めてヘビがよく出る季節でもあります。昨日は家の裏庭でも、キングコブラの赤ちゃんが出没しました・・・。最近よく見かけるので、近くの草原で卵が孵化したと思われます。子供でも毒の強さは親と変わらないので、注意が必要です。

季節のご挨拶が、季節の警告になってしまいましたが(?)、記事にうつりたいと思います。



今日は「日時計の丘」について、ご紹介したいと思います。

「日時計の丘」とは、福岡県福岡市にある小さなギャラリー・小さなホール・小さな図書館で、「みる・きく・よむ」という行為を相互作用させながら一体化し、さまざまな催しを通して市民が楽しみ語り合うことを目的とした施設です。

詳しくはこちらのホームページをどうぞ。日時計の丘

この中にある4月24日付のブログ「小学唱歌『故郷(ふるさと)』」のコメント欄で、小林一之先生が志村正彦君について言及していらっしゃいますので、ぜひフジファブリックファンに読んで頂きたく、ここにご紹介致します。

結晶時刻 「小学唱歌「故郷(ふるさと)」4月24日付ブログ

ご存知の方も多数いらっしゃることと思いますが、小林先生は現在山梨県立甲府城西高校で教鞭をとり、昨年開催された「志村正彦展」では、多数の生徒さんの小論文と共に、四季盤「陽炎」を題材にした「志村正彦の夏」という文を寄稿して下さいました。

(「志村正彦の夏」はこちらでご覧になれます 2012年1月27日付記事 「志村正彦展 第6回 最終回」 



「ふるさと」という言葉のもつ概念的な性質に加え、作詞家 高野辰之が書く歌詞の中で、限定的な固有名詞が使われないからこそ、聴き手が柔軟にそれぞれの「ふるさと」に思いを馳せることが可能になる。
masatoshiさんのいう「言語的普遍性」。
個別であり、固有であるものは、このような普遍的な表現によって、もっともよく表現されるとおっしゃっています。
誰にでも歌いやすいメロディにのって歌われる普遍的な言葉たち。それが日本中で愛され、歌い継がれてきた唱歌「ふるさと」の魅力であると思われます。

小林先生がコメント欄でおっしゃるように、それはまさに志村正彦君が終始貫いた信条なのです。

志村君の「ふるさと」富士吉田に比較的近いところが自分の「ふるさと」である私は、逆に歌詞を限定的に捉えすぎる傾向がありますが・・・。北海道の人も、九州の人も、山梨の人も、関西の人も、皆が自分の個別な思いを投影できる歌詞こそが、フジファブリックのすばらしさだと思います。

フジファブリックファンの集いの場だけでなく、こうして違う分野の場でフジファブリックが紹介されることは、大変嬉しいことです。
いろいろなジャンルの方に、志村君の書く音楽の素晴らしさを知っていただきたいと思います。

さあ、世界の皆さんにも味わってもらわなければ!
masatoshi さんのおっしゃる「言語的普遍性」を保ちつつ、全く違う環境で育ってきた外国の方たちが、いかに個別な心情や思い出を投影できるのか・・・。
五感を駆使して、がんばるぞ!!


最後にもうひとつ。
この「ふるさと」という曲は、山梨県甲府市の「夕方5時のチャイム」です。
学校でこの曲を習ったときには、大して共感も感銘も受けませんでしたが、タイに移住して様々な困難に直面していた時、NHK国際放送からこの曲が流れ、涙が溢れました。
「なんていい曲なんだろう。」と、心の底から思いました。
今でも帰国前日にきく「夕方5時のチャイム」は、胸に響きます。特に夏には・・・。


今日の一曲は、フジファブリック「若者のすべて」です。
合わせて、ぜひ「ふるさと」もお聴きになってみて下さい。

一番の歌詞は比較的よく知られていますが、二番、三番の歌詞も心に響きます。

「いかにいます 父母
恙無しや(『無事に、元気に』という意味)友垣(友達のこと)
雨に風につけても 思い出ずる ふるさと」

「志を果たして いつの日にか 帰らん
山は青き ふるさと 水は清き ふるさと」

東京でがんばっていた志村君の姿と重なり、胸がいっぱいになります。







2 comments:

kzkbys said...

Jack Russell さん

こんばんは。「日時計の丘」でのコメントの紹介ありがとうございました。
あの文で書いたことに補足すると、志村正彦は、現実としての「ふるさと」に甘えることなく、凛として、そして刻苦して、新しい歌を創り出すことで「ふるさと」と再び出会おうとしていたように思えます。最も遠いところに羽ばたいた上で、そこから回帰していく。そのような像が、彼の歌を聴くときいつも浮かびあがります。

1stアルバムの英訳完了、本当にご苦労さまでした。英訳を読むことで(などど書くほど英語はできないのですが、お許しください)、Jack Russellさんの解釈や分析を知ることができ、学ぶことが多いです。

言葉や国籍、年齢や性別を超えて、志村正彦の詩が様々に語られ、聴かれていくことが、このWEBの真摯な「志」でしょう。私も微力ながら何らかの「場」を造り、その試みに加わりたいと考えています。

Jack Russell in Bangkok said...

kzkbys さん、
初コメントをありがとうございます。
kzkbysさんと同様、志村君のあの強い意志力はどこから来たのだろうと、私も常々考えます。

「山梨県富士吉田市出身」と、いつも誇らしげに言っていた志村君。彼のふるさとに寄せる特別な思いはあまりに有名です。

吉田の街並みや富士山麓の自然などに加え、ご家族、友人他街の皆さんとの良い想い出が、全部一緒になって「僕の富士吉田」を形成していたのだろうと思う時があります。大好きなふるさとだからこそ甘えてはいけないし、自分の心の中にある聖域を、半端なことで穢したくない。
音楽を愛し、自分の思いを成し遂げたいという純粋な欲望を軸に、強固な意志の裏にはそんな気持ちもあったのかもしれないと、昨年の企画展で感じました。

温かい労いのお言葉を頂戴し、ありがとうございます。遅々として進まず、志村君には申し訳ない限りですが、これからも志村君の歌詞世界と真摯に向き合い、努力していきたいと思います。
今後ともよろしくお願い致します。