Monday, 10 October 2011

甲州弁の響きやいかに・・・甲州弁ラップ

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行楽日和のいいお天気を、フジファブリックファンの皆様楽しんでいらっしゃいますか。
金木犀開花情報をお送りいただいて、ありがとうございます。
志村君のふるさと、富士吉田でも、金木犀が今満開だそうです。

さて、このブログは、「世界に響け!フジファブリック!!」が主要目的なので、基本的に他のミュージシャンの音楽を紹介する機会はあまりないのですが、「甲州弁って、どういう響きなんですか。」「富士吉田に行ったけど、ネイティブな甲州弁?が聞けなかった。聞いてみたいのですが、どこで聞けますか。」などのお問い合わせが多いので、今日は「甲州弁の響き」について書きたいと思います。

以前「甲州弁サイト ウィキぺズラ」を記事で取り上げたことがありました。とても興味深いサイトですが、当然文字だとイントネーションはうまく伝わりません。

甲州弁の響きは、「強い」「荒っぽい」感じでしょうか。山梨県人同士が話をしているのを他地方の人が聞くと、「けんかをしている。」と聞こえるようです。山梨県の言葉は、語頭にアクセントがくる言葉が多いのと、印象的な接頭語・接尾語が頻繁につく、というのが原因と思われます。
でも九州や名古屋のフジファブリックファンに「優しい響き」といわれて、ちょっと目からうろこ・・・。志村君のあの雰囲気が、好印象を与えているような気もしますが。

今日は生?の響きを聞くために「甲州弁ラップ だっちもねえこんいっちょし」をご紹介しましょう。

ラップなので、抑揚があいまいといえばあいまいですが、とりあえず聞いてみてください。


この曲を歌っているのは原田喜照さん、昭和41年生まれ、都留市出身のミュージシャンです。
94年11月「山梨県を考えるパフォーマンス大会」にて「だっちもねえこんいっしょし」でグランプリを受賞。その後、テレビ出演などで反響を呼び、95年3月には「甲州弁3部作」CD「だっちもねえこんいっちょし」を発売。県内を中心に4千枚を越えるセールスを記録しました。

甲州弁(こうしゅうべん)は山梨県で話される方言ですが、山梨県内でも御坂山地と大菩薩嶺を境に東西で大きく方言が異なっており、西側の国中地方(甲府盆地)では東海東山方言の一種が、東側の郡内地方(富士吉田、上野原、大月など)では西関東方言の一種(郡内弁)が話されています。

原田さんは出身が都留市なので、郡内、富士吉田市と同じ地方です。
ただこの方甲府中心に活動なさっているそうで、これも甲州弁国中方言だと思います。郡内の甲州弁は微妙にちょっと違うのですが、そうはいっても、郡内の人にも充分わかる言葉です。

さて、山梨県人は別として、他地方の方はこの曲の歌詞が何パーセント位理解できるのでしょう。
100パーセント分かって怖い、純粋山梨県人の私も知りたいところです(笑)。もしリクエストがあれば、対訳いたします。

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山梨大学医学部付属病院では、他県出身の医師や看護婦には「甲州弁マニュアル」が配布されます。うそでも冗談でもありません。私は3人からこの証言をえましたので、本当です。

「腕がこそっぺえ。」(「腕ががさがさしている。」)とか「ここんとこおもてぇ~出ると、ひどろっちくてよくみえん。」(「最近外へ出ると、まぶしくてよく見えない。」)「あげっぽい。」(「吐き気がする。」)などとお年寄りにいわれても、医者や看護婦にきちんと症状が伝わらないことが多いからです。

ちなみにこのラップ曲のタイトル「だっちもねえこんいっちょし」は、「くだらないこと(つまらないこと)言うな」という意味です。
「だっちもねえ」は「くだらない」、「いっちょ」の「ちょ」は否定形、英語でいう「not」です。最後の「し」は文を命令形にします。

志村君は私達地元の人間からみると、とってもとっても標準語が上手で、インタビューやMCを見た限りほとんど山梨の訛りはまったくないように思われます。もしかしたら、意味は分かるけど使わないという子だったかもしれません。
(山梨のような地方都市には結構そういう子供たちがいます。)

また郡内地方の人達のほうが、国中地方の人達より「標準語と甲州弁の使い分け」が上手だと個人的には思います。郡内ですと、地元の人達だけが集まる場だと甲州弁を話しますが、他地方の方がいると、「誰にでも通じる日本語」(言語学者が「正確な標準語」と判定するかどうかは別として)を話します。
それに反して、国中地方、私の経験ですと特に南アルプス市(旧中巨摩郡。山梨の南西部)や南巨摩郡富士川町界隈の人達は、自分たちで標準語を話していると単に自分ひとりで思っている人?が、結構の割合でいます。

フジファブリックファンが富士吉田にいらっしゃって、「甲州弁を聞かなかった。」と思うのはこんな背景かとも思います。

お国言葉は、その地方の文化であり歴史であります。それぞれの土地の気候や風俗に合わせて発展してきた、文化の結晶であります。
山梨の人間にとって甲州弁は、標準語では言い表すことのできない物事を表現できる、大切な言語なのです。
他の地に行った時、ふと耳に入るとなにより懐かしくほっとする気持ちを、地方出身者の方にはお分かりいただけるでしょうか。

「ふるさとの なまりなつかし停車場の 人ごみの中に そを聞きに行く」(ふるさとを遠く離れて生活していると、ふるさとのなまりが懐かしい。ふるさとからの列車が着く駅の人込みに中へ、それをわざわざ聞きにいったことだ。)という石川啄木の句がありますが、お国言葉とはそういうものなのです。

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以前、山梨日日新聞に、「志村君が山梨県出身のミュージシャン達と東京で会った時、楽屋が甲州弁であふれて皆で盛り上がった。」という記事があったのを思い出しました。
志村日記でも、「めばちこ」(ものもらい)の話をしていましたね。

あんなに標準語が上手な志村君でも、甲州弁は忘れられない言葉だったのだと思います。

今日の一曲は、ミニアルバム「アラモルト」から「笑ってサヨナラ」です。ファンの中では根強い人気を誇りながらも、ライブではなかなか聴けなかった名曲です。


Friday, 7 October 2011

山梨の風景

(2011年4月初旬 甲府市よりみた富士)

11月2,3日に開催される「志村正彦展」に合わせて、首都圏その他地方から富士吉田旅行を考えていらっしゃるフジファブリックファンがいらっしゃることでしょう。そんなファンの皆さんに山梨の魅力をお伝えしたい!
そんな気持ちで、今日は「山梨の風景」について書きたいと思います。

志村君が「志村日記」でも言っていましたように、山梨県で「誇れるもの」というとまあ様々ありますが、やはり富士山がトップにくると思います。

富士山 日本一高い山 3,776m 山梨・静岡の境界

ということは結構知られているのですが、実は「日本で二番目に高い山」もわが山梨県にあるのです。
北岳(きただけ) 3,193m 山梨県南アルプス市

三番目は「奥穂高岳」(長野・岐阜の境界)ですが、「四番目に高い山」も山梨にあります。

間ノ岳(あいのだけ) 3,189m 山梨県南アルプス市

こうして見ていくと、日本の山標高順位100位中、実に19の山が山梨県にあります。山梨県中央部に位置する甲府盆地自体も、標高300メートルという比較的高いところにあり四方を山に囲まれていて、山梨県はまさに「山の国」なのです。

(中央線や中央道下り線で峠を越えていくと、気圧の変化で耳が「ポーン」としませんか。だんだん標高が高くなっているのです。)

全国的にはあまり知られていませんが、山梨には「山梨百名山」というのがあります。
興味がある方は、こちらのサイトをどうぞ。
山梨百名山

1997年、山梨県によって選定された県内の百名山です。
小・中・高の時に遠足で登る「お決まりの山」なども入っていて、県民にとっても親しみやすい山が多いかな、と思いました。
(ちなみにこの百名山の中で、他の山々は皆「某山系」に属しているのに、富士山だけは「独立峰」。カッコイイですね!やはり威厳があります)

皆さんがご想像される通り、山梨県はどこを見ても、山・山・山の風景なのです。


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(山梨県山梨市 西沢渓谷 - 「平成の名水百選」のひとつ」

標高1,000メートルの気圧は、ちょうど母親の胎内と同じ気圧で、人間が一番リラックスできるといわれています。山梨県は県土の80%が森林に覆われており、「山と自然」が豊富な土地柄です。

お隣長野県も山の国ですが、山梨県民は山梨の山とは違う印象を長野の山々から受けます。(一般論ではないかもしれませんが、少なくとも、私の周りの山梨県民は皆そう言っています。)
感覚的なものなので上手に表現できないのですが、「険しさ」「荒々しさ」「研ぎ澄まされたもの」を長野の山から感じます。山梨の山は、もっと「柔らかく」「ほんわり」「温かい」感じでしょうか。
どうしてでしょう・・・。気候の差でしょうか・・・。
長野県民も同じ感覚か聞いてみて、後日報告します。

「山に囲まれていて、閉塞感や威圧感を感じてのびのびできない。」とおっしゃる方もいますが、山梨で生まれ育つと山が近くにあるのが当たり前なので、あまり感じません。逆に山があると「守られている」ような、落ち着き安心するような気がします。

富士吉田に着いて富士山に圧倒された後、ぜひもう一度周りを見回して見てください。案外「小さな山」も多いことに気がつきます。志村君が18年間、見て育った山と空気を感じて、良い富士吉田土産にしてくださいね。

こちらのサイト「ビタミン山梨 都会で生きる女性たちに届けたい 山梨の栄養素」では、癒しの山梨をお伝えしています。山梨の「きれい」の魅力が満載です。

今日の一曲は、フジファブリック4thアルバムより「ルーティーン」。
昔は毎日繰り返される日常なんか、おもしろくもなんともなかったのに、あの時のことやものが今の自分を支えてくれているんだな、と思う日々です。
志村君、ありがとう。



Wednesday, 5 October 2011

Masahiko Shimura Exhibition in Fujiyoshida City

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Good news for Fujifabric fans!

On the 2nd & 3rd November 2011, Masahiko Shimura Exhibition will be held in Fujiyoshida Rojin Fukushi Kaikan (Designated Facility Covered by Public Aid Providing Care to the Elderly).
He is the vocalist and guitarist of Fujifabric (Japanese rock band).

Date :
November 2nd   10am ~ 6pm
                 3rd    10am ~ 1pm (close time is earlier than usual as it's a national holiday. Wake up early and visit us!)

Place : Fujiyoshida Rojin Fukushi Kaikan
           富士吉田市立老人福祉会館

Address : 961-1 Shimoyoshida, Fujiyoshida City, Yamanashi Prefecture 403-0004
               403-0004 山梨県富士吉田市下吉田961-1
Access : 12 minutes walk from Gekko-ji Station and 15 minutes walk from Shimo-yoshida Station on Fuji Kyuko Line.

Telephone Number : 0555-23-6230 (Not confirmed if an English speaker is available in the centre)

Entrance Fee : Free

Please have a look at the website of Fujiyoshida City for more details.
Public Facility for the Elderly in Fujiyoshida (in Japanese language)
Fujiyoshida Ciry Official English Website


Listen to the song, 'Anthem'. Does anything strike your heart? This is the world of Fujifabric!!

The exhibition is organized by United Shinmachi Town Neighbourhood Council - nothing to do with big organizations for commercial purposes.  In other words, Shimura kun's old neighbours are planning, organizing and putting up display in order to introduce the great musician form their town to the others.

Last year, a similar type of exhibition was held in his hometown, Fujiyoshida City, but because the target was local people who live around the town, it was not advertised widely in Japan. (It was reported on Yamanashi Daily Newspaper on 24th December 2010).
This year, it is opened up for everyone!

There will be many exhibits on display - Fujifabric's CD's since their debut, photos, newspaper articles on major and local newspapers which Shimura kun kept for himself, and more!
Thanks to Shimura kun's parents, and neighbourhood council, the exhibition has been made possible this year again.
As his neighbours, who have knows and loved him since little, are organizing it, it will be full of hand-made warmness, and his decency and genius show through exhibits for sure.

No matter if you are a Fujifabric fan or not, why don't you visit Masahiko Shimura Exhibition if on the tour in Fujiyoshida City?
Their music is as great as Mt. Fuji!!

Today's song is 'Teenager' in their 3rd album, 'Teenager'.
There are many other great songs of Fujifabric!





Saturday, 1 October 2011

ファンの皆さん、ありがとうございます!

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9月28日の記事「志村正彦展in富士吉田」を拡散して下さいましたフジファブリックファンの皆さん、本当に本当にありがとうございました。
あまりの大きい反響に、「どんな2日間になるんだろう。」と、ワクワクすると同時に、「亡くなってからもうすぐ2年という時間がたつというのに、今でもこんなに多くの人から愛されているんだな。」と、嬉しさと切なさが交じり合い胸がいっぱいです。

「富士吉田の皆に甘えちゃいけない。」と、自分を律し続けた志村君。
周りの大人や友人のツテを頼れば、こんなに楽なことはありません。それが分かっていながら、あえて「ひとりでゆくと 決めたのだろう」と、あれほどの才能があったにも関わらず、最後まで自分に厳しく努力を惜しまない人でした。

それは2008年に行われた富士吉田市民会館でのMCを聞けば、痛いほど伝わってきます。

志村君があそこまで、なぜふるさとを愛したのか。
私の憶測ですが、やはり自分の中の富士吉田が、いい思い出でいっぱいだったからだと思うのです。家族、友人をはじめ、彼の周りにいた多くの人や場所が、かけがえのないものであり、いいことも悪いこともひっくるめて「好き」だったからではないでしょうか。

まだデビューしたての時に、ラジオのインタビューで「山梨県人として、誇りをもっています。」と言っていましたっけ。それほど彼にとって、富士吉田は特別な場所でした。

その富士吉田で、志村正彦展が開催されるのです。
営利目的ではなく、純粋に「志村正彦という偉大な音楽家が、この下吉田から出たんだ。そしてこんなにがんばっていたんだ。彼の思い出の品を通して、多くの人に改めて知ってもらいたい。」そんな思いで始まった企画です。
彼の生まれ育った富士吉田の地で、天才音楽家、志村正彦を感じてもらいたいと切に願ってやみません。

今日の一曲は、「浮雲」です。
朝晩の冷え込みが厳しくなる企画展の頃には、忠霊塔の下草の香りがいっそう芳しくなるでしょう。



Wednesday, 28 September 2011

夜汽車 (English readers, please wait for the translation!)


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今日はフジファブリック1stアルバム「フジファブリック」から、10曲目「夜汽車」です。哀愁を誘うバラードナンバーで、抒情詩のような曲の数々が入ったアルバムを締めくくるのにふさわしい、情緒溢れる曲です。

個人的に私の大好きな曲の一つでもあります。

まず「夜汽車」というこのタイトルが、印象的ですね。ご存知のように、夜汽車とは夜行の汽車、夜行列車のことですが、「ナイト・トレイン」「夜行列車」といわれるよりレトロな趣があります。そしてそのレトロ感が、この曲を一層深いものにしています。

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歌詞をみていきましょう。

「あなた」と一緒に、町を出て田舎を通って走る夜汽車にゆられている。
しばらく話をした後、「あなた」は窓辺でうたた寝をしている。
窓から入る夜風。
「あなた」の顔を見ながら、考えている。
夜汽車が峠を越える頃、そっとあなたに 「本当の事を言おう」

どこにでもあるような日常のひとコマですが、静かに私たちの心に染み入ります。

「長いトンネルを抜ける」ということは、大きな山を越していくのだと推測できます。
「夜は更けていく 明かりは徐々に少なくなる」 
家々が多く立ち並ぶ町から、山間へと向かって行き、人家もまばらになってきます。

「眠りの森へ行く」
この「眠りの森」という表現は、「セレナーデ」(「若者のすべて」カップリング曲)の歌詞にも出てきますが、「眠る」「寝る」「転寝をする」「いねむりをする」などよりもずいぶんと詩的な感じになります。

髪が風に揺れる様子。気候のよい穏やかで静かな夜の雰囲気が、伝わってきます。

「峠を越える頃」に、「あなた」は起きているのか、眠っているのか。
はっきりと歌詞に書いてありませんが、私の個人的なイメージでは眠っているのかな、と思います。その眠っている「あなた」に、そっと静かに「本当のこと」を言おうとしているのです。あなたに聞こえていなくてもいいのです。ただ静かに「本当のこと」を言いたいのです。

「あなた」は女性かなと勝手に想像していますが、実はこちらも明記されてはいませんね。

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それがフジファブリックの魅力の一つです。

日本人の精神の中には、昔から「幽玄の美」といわれる日本独特の感性があります。
言葉の意味には直接現れなくても、目には定かに見えなくても、それゆえにこそその奥に人が感じることが可能な美の世界、それが幽玄の美です。

これは余情を重んじ、余分を省くことをよしとする日本人の心情の根底に流れている情緒のひとつで、日本人独特のものです。

言葉の数や種類が限られた中で、全てを表現しなければならなかった短詩(俳句、短歌など)にも大きな影響を受けています。
全ての感情や情景をくどくどと言うよりも、最低限の言葉を使い余情を残しつつ表現したほうが、かえって読み手がその「余情」の中で各々の想像力をふくらませ、伝わるものが大きかったりするわけです。

ただ、余情を大事にする「幽玄の美」は、少しの言葉で多くのことを考えることが可能なところにのみ成立します。読み手の想像力がある程度豊かであり、歌い手の伝えたいことと読み手の想像した感情や情景がほぼ一致する、というのも重要ポイントです。
この「幽玄の美」は、全てを言わずとも相手に通じる、同質の文化を共有するコミュニティーの中でこそ可能となった美の世界なのです。

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「夜汽車」の歌詞英訳は完了しましたが、外国人のファンに上手に志村君の伝えたかったものが伝わるかな・・・。この曲の中に流れる「余情」「幽玄」の美しさを伝えるために、次回の英語記事は工夫してみようと思います。

音楽については、お聴きの通りです。
アコースティック・ギターとエレキ・ギターが上手く調和し合い、ピアニカやオルガンの音がレトロに響き、郷愁を誘います。サビに入る直前3,4拍目に入るキーボードの音がなんともいえません。こういう細かいところ一つ一つが、志村君の音楽的なセンスと才能を改めて感じるところです。

最後に、個人的な感想をひとつ。あくまでも個人的な想像なので、ご承知ください。

私はこの曲を聴くたびに、中央線の下り線に乗って山梨へ帰る情景が頭に浮かんできます。
志村君自身が「この曲は、中央線や富士急行線に乗ったときのことを歌ったものです。」とは言っていませんし、もちろん私の想像だけなのですが、夜の中央線はこの「夜汽車」の歌詞そのままなのです。

東京から山梨までは、皆さんご存知のように電車でも車でも、大小様々な山を越えて行きます。道中、山を突っ切る長いトンネルもたくさんあります。
そして八王子あたりを過ぎると突然、人家がまばらになり明かりが徐々に少なくなります。富士吉田に行くには、大月駅というところで富士急行線に乗り換えます。大月から都留を抜け、富士吉田に向かって電車は走ります。

あの夜の風景、ふるさとがだんだん近づいてくるワクワクした気持ち、見慣れた街が見えてきた時の嬉しさと心躍る感情がよみがえるようです。

今日の一曲は、「夜汽車」です。
皆さんには、どんな「夜汽車」の思い出がありますか。


朗報! 志村正彦展 in 富士吉田

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フジファブリックファンの皆様に、朗報です!

2011年11月2日、3日(祝)の2日間にわたり、富士吉田市下吉田にある「富士吉田市立老人福祉センター」にて、「志村正彦展」が開催されます!!


志村君の生まれ育った町、新町の連合自治会が企画・開催する、地元の愛情があふれる会です。志村正彦ファン必見ですよ~!



 開催日時の詳細:
11月2日  午前10時~午後6時まで。 
3日(祝) 午前10時~午後1時まで(祝日のため、閉館時間が早くなっております。皆様、早起きしてきてくださいね!)
詳しい地図、アクセスなどは、こちらをどうぞ。  
富士吉田市立老人福祉センター



昨年11月1日~3日も、地元自治会では企画展を行い、大好評を博しました。(その模様は、2010年12月24日付け山梨日日新聞にて、閲覧可能)

今年は、もっともっとスケールが大きくなって、かえってきます!


老人福祉センター

フジファブリック・デビュー当時からのCDや写真、志村君が大切に保管していた自身の記事、山梨日日新聞に掲載されたフジファブリックの記事など、他にも多数思い出の品々が展示される予定です。

「音楽界に偉大な足跡を残した新町の若者のことを伝えたい」という富士吉田新町(しんまち)連合自治会の皆さん、また正彦君のご両親の協力により可能となりました。
幼い頃から彼を知る方たちが企画・展示・監修を行うため、手作り感あふれる素朴さの中に、飾り気の無い「素顔の志村君」を感じられる企画展になると思います。

フジファブリック・デビュー当時からのファンも、志村君が亡くなった後からのファンも、地元のファンも、県外ファンも、志村君に「触れる」ことができるこの機会、ぜひ富士吉田にいらしてください!
「いつか志村君の足跡を辿りに、富士吉田に行きたいな。」と、思っていらしたら、ぜひこの機会に!!

今日の一曲は、フジファブリック3rdアルバム「Teenager」より、「Teenager」です。
富士吉田で、この歌詞世界を肌で感じてくださいね。



Tuesday, 20 September 2011

Yabusame Festival (Translation of the posts on 18th, 20th September 2011)

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To English readers, thank you for your long patience!
Please accept my apology that I did not publish English posts so long.  Due to my crazy work schedule, it has been just so difficult for me to arrange some time to sit in front of the computer to be engaged in writing a post in English.
Sorry!!

Please accept many many thanks from me, too!
Despite the long absence of posts in English, I could see that many of you checked my blog if there was any new post coming up.

I will never give up my blog till I complete the work of translating all 86 Fujifabric songs to English.
Thank you for your support, my friends!

Today's post is about Yabusame Festival held on 18th and 19th September every year in Shimura kun's hometown, Fujiyoshida City.

Yabusame (流鏑馬) is a type of mounted archery in traditional Japanese archery. An archer on a running horse shoots special "turnip-headed" arrows successively at wooden targets.
This style of archery has its origins at the beginning of the Kamakura period (1185–1333). Minamoto no Yoritomo became alarmed at the lack of archery skills his samurai had. He organized yabusame as a form of practice.
Nowadays, the well-known places to see yabusame performed are at the Tsurugaoka Hachiman-gū in Kamakura and Shimogamo Shrine in Kyoto (during Aoi Matsuri in early May). It is also performed in Samukawa and on the beach at Zushi, as well as other locations.

Enjoy watching a video of Yabusame performed yesterday in Fujiyoshida City.
Yamanashi Daily Newspaper 19th September 2011 on Yabusame Festival

The one in Fujiyoshida is unique compared to the ones above.

It is not for the purpose of showing samurai's tradition and archery skills to the public, but  it is purely plays an important role in Shinto rituals.
Yabusame in Shimoyoshida is held in order to keep away fire and bad lucks from the town during autumn and winter because the god protecting the town is believed to come in spring and to leave in autumn.



Please refer to this interesting article written by Tara Lowe in Fujiyoshida City Official Website.
Yabusame Festival in Fujiyoshida

There are many stalls are set on streets to celebrate the ritual on these two days.  Shimura kun might have been to this festival with his friends in his childhood, and the Fujifabric's song, 'Mizuame To Wataame' might have been suggested by his actual memory at such local festivals.

Today's song is 'Mizuame To Wataame'.
Enjoy listening Fujifabric's classic!