里山とは、人里近くにある人間の影響を受けた山や森林のことです。深山(みやま)の対義語であり、人間の手が入ることが生態系に組み込まれている、比較的低い山や森林をさします。
人の暮らしとそこに息づく生物、それを育む自然が調和する環境は国や地方によって異なりますが、日本の里山には独特の美があふれています。
先日、「里山資本主義」の著者である藻谷浩介さんに関する記事が、山梨日日新聞に掲載されていました。(「藻谷浩介さんが語る『山梨の里山』」山梨日日新聞 2014年11月14日付)
世界遺産となった富士山や、八ヶ岳、南アルプスに抱かれ、更に東京という大市場が隣にあるという好条件を満たす山梨県。それでも山梨が抱える弱点があると藻谷さんはいいます。
「山梨の人は"おしゃれなもの"を求めて東京に行きたがる。山梨に"おしゃれなもの"を求めてくる人の気持ちが全くわかっていない。」
(前述記事より引用)
藻谷さんのいう"おしゃれなもの"とは、「山梨に来なければ得られない体験」のこと。地元の人にはそこにあって当たり前のものが、都会で暮らす人にとってはお金を払っても手に入れたい価値があるものだというのです。
山梨に移住してくる人が増える一方、「山梨の里山の強みに気付いていない地元の人が結構いる。」と、藻谷さんはいいます。
常住人口調査で、山梨県の人口は27年6ヶ月ぶりに84万人を下回りました。(「人口増減、市町村は何を思う」山梨日日新聞 2014年11月19日付)
ピーク時の2000年と比較すると6.2%減で、市町村単位でみると9割近くが減少の一途をたどっています。
都会にはない、山梨の強みとはなんなのか。
出荷するには半端な農作物。
耕作放棄地や鳥獣。
自然の景観。
一見金銭換算すると価値がなさそうな資源こそが、山梨の強みになりうるというのです。
「山梨あるある」でも面白おかしく取り上げられることが多いのですが、山梨県の小中高の校歌には、「山」を讃える歌詞が頻繁に登場します。
四方を山に囲まれた盆地という地形条件に加え、車で少し走れば街の中心地からもすぐに山に行ける距離に人々が暮らしているので、日常の風景の中には山や緑があふれています。
「熊・猿・イノシシの目撃情報」を防災無線で知るのも、山梨県民にとって珍しいことではありません。先日も上吉田浅間神社南側付近やパインズパークで熊が目撃されたと、富士吉田市の防災無線で注意喚起をしていました。
富士吉田を訪れるフジファブリックファンは、いまだに後を絶ちません。
皆さん、何を求めて富士吉田の地を訪れるのでしょうか。
志村正彦さんが育った街を自らの足で散策し、「いつもの丘」に上り、富士山から吹き降ろしてくる澄み切った空気を吸って、冷たい水を飲んで、吉田のうどんを食べて、街の人達と触れ合い、皆さんは何を感じるのでしょう。
そして、何を思うのでしょう。
毎回富士吉田を訪れる度に、フジファブリックの歌詞に描かれる花や月、星などが、より鮮明になって響いてくるような気が私はしています。
皆さんにとって、富士吉田はどんなところですか。
藻谷さんは、お話をこのように締めくくっています。
「山梨の人はもっと外に出て、山梨の魅力に気付くべきです。」
「山梨の将来は、みなさんがどのくらい外に行って勉強するかということにかかっています。」
富士吉田で生まれ育ち、高校卒業を機に上京し、音楽の技術を学んで天稟の才に磨きをかけ、多くの素晴らしい曲を遺してくれた志村君。山梨独特の里山を身近に感じながら育ったことは、とても大きかったと思います。
山で化石の貝を掘った話、樹海(これは、里山というより大自然!)で自然音を録音した話など、志村日記にも登場します。
地元にいながら書いた曲ばかりではなく、ふるさとを離れ心象風景を元に作った歌詞も多かったでしょう。「茜色の夕日」は、そうして書いた代表のような曲ですね。
2013年7月15日、新倉浅間神社で開催されたイベントで、正彦君のご友人からの手紙を紹介させて頂きました。2006年の7月頃、「地元にいつか帰りたいけど、しっかり音楽で恩返しできるまでは帰れない。いつかは地元でスタジオを開いて、若いミュージシャンを応援してあげたい。」と、志村君はご友人に語っていたそうです(ご友人のお手紙より)。
山日の記事を読んで、この手紙を久しぶりに思い出しました。
資本主義における貨幣価値などには全く換算できないものを、フジファブリックから頂いていることに感謝です。
今日の一曲は、心象風景から生まれたフジファブリックの代表曲「茜色の夕日」です。