Sunday, 23 December 2012

路地裏ニュース15 特大パネル


路地裏の僕たちが、特大パネル運び出し中。
全員裸足。真剣です。

さてこの特大パネル、ファンの皆様にご覧いただける時間が刻一刻と迫っているということですね!?実行委員、がんばれ~!!

Saturday, 22 December 2012

「若者のすべて」~空に響け "夕方5時のチャイム"~


富士吉田にいらっしゃったファンの皆様、夕方5時のチャイムを聞けましたでしょうか。
志村君のご家族、ご親戚、ご友人、そしてファンの皆様にとって、忘れられない夕方5時のチャイムとなったことと思います。

私事で恐縮ですが、今年の冬は帰国が叶わず、海の向こうから同時刻に「若者のすべて」を聴いて、志村君の晴れ姿を想像しておりました。
「どんなチャイムだったのかな。」と、いろいろ想像しながら聴いていました。

そんな私のようなファンのために、実行委員の皆様が、思いがけないクリスマスプレゼントを下さいました!
今日、2012年12月22日夕方5時、富士吉田市の防災無線から流れたフジファブリック「若者のすべて」のチャイム音を、正彦君思い出の地にて実行委員が録画して、You Tubeにアップして下さいました!!

志村君の作った曲が、彼の大好きだった富士吉田の地に流れることを見届けることに大きな意味があるのは当然なのですが、「どういう風なアレンジのチャイム音になったのかな。」と、興味のあるファンの方も多いかと思います。

皆様、どうぞお聴きください!



感無量です。
本当に・・・。
志村君、すごいなぁ。
空まで響いたあなたの曲が、聴こえましたか。
富士北麓に、あなたが書いた曲が流れたんだよ。
おめでとう。
本当に、おめでとう。

これから残り二日間、富士吉田へお越しの志村ファンの皆さん、ぜひ吉田の街を楽しんでいって下さいね。


ここで実行委員「路地裏の僕たち」から、皆様にお知らせです。

・昨年とは違い、今年は富士急行線のふじさん特急は、下吉田駅に臨時停車いたしませんのでご了承ください。

・下吉田駅構内にある「カフェ下吉田倶楽部」にも、志村正彦君にまつわるものがプチプチ展示されています。ぜひお立ち寄りください。

・12月23日夜は、月江寺「じゅげむ」にて、シムラナイト協賛開催されます。

・12月20日、志村君の母校、山梨県立吉田高校では、お昼の放送で、「週末、夕方5時のチャイムに、フジファブリックの音楽が奏でられること」がお知らせされました。そして帰りのお掃除時間の放送では、「若者のすべて」が流れました。
志村君、愛されてるな・・・。

・あの「赤いベンチ」ゲット!
昨年の「志村正彦展」できけた同級生トーク、まさか今年も聞けるの!?

・「下吉田 てくてくマップ 志村正彦編」も、配布致します。
もちろん、平成24年用の改訂版です。
23日は、下吉田駅構内のカフェ下吉田倶楽部にて、24日は下吉田倶楽部と、富士五湖文化センター(市民会館)にて、配布いたします。

・24日には、富士五湖文化センター(市民会館)にて、「吉田のうどん」を200円で販売致します。限定300食です。よろしかったら、ぜひ。

以上です。
これから二日間、随時ブログもアップしていきますので、よろしくお願い致します。

富士吉田へいらっしゃったファンの皆様。

昨年の企画展で多くの感動を下さった正彦君の同級生「路地裏の僕たち」に加え、今年は富士吉田市役所若手チームの方々が、長い間、企画し今回のイベントを開催して下さいました。
その一番大きな原動力となったのは、いつも変わらない志村君への思いです。

正彦のために何かをしたい。
ただそれだけの思いで、皆さん頑張って下さっています。

このブログに彼らへのメッセージなど頂けたら、幸いです。私が責任をもって実行委員代表にお渡し致しますので、よろしかったらぜひコメント、メールなどで感想を送って下さい。ご意見、ご感想など、どんな些細なことでも構いません。

どうぞよろしくお願い致します。

Sunday, 16 December 2012

2012年 志村正彦さんに関するイベントのご案内



志村正彦ファンの皆様に、今日は朗報をお届けいたします!

2012年12月、志村君のご命日12月24日にちなんで、故郷 富士吉田市にて、期間限定で防災無線の「夕方のチャイム」が、フジファブリックの曲を奏でるチャイム音に変わることが決定いたしました!

「夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて」

「若者のすべて」の有名なくだりですが、ファンの中にはわざわざ富士吉田市の夕方5時のチャイムを聞きにくる方もいるほどです。志村君を思い起こさせるあの5時のチャイムが、志村君ご本人の曲に変わるなんて・・・、なんとステキなことでしょうか。

このようなことが可能になった背景には、志村君のご家族のご理解をはじめ、昨年開催された志村正彦展「路地裏の僕たち」実行委員会を務めた同級生の方々の思い、富士吉田市民の思い、そして何よりも全国のファンの皆様の温かい思いがありました。

また、この3日間に合わせて、様々なイベントが下吉田駅(下吉田倶楽部)や富士五湖文化センター(富士吉田市民会館)にて、富士吉田市役所若手職員プロジェクトチームと志村正彦展「路地裏の僕たち」実行委員会によって、計画されております。

お越しになられるファンの皆さん、貴重なこの機会にみんなで夕方5時のチャイムを胸に響かせましょう!

詳細は下記の通りです;

チャイム
〔放送日〕 12月22日(土)、23日(日)、24日(月)の3日間

〔放送時間〕 17:00

イベントスケジュール
〔12月23日(日)〕
★下吉田駅(下吉田倶楽部)
富士五湖アコースティックギタークラブなどによるライブ開催
15:00~ (第一部)
17:00~ (第二部)

〔12月24日(月)〕
★富士五湖文化センター(富士吉田市民会館) 1階市民ギャラリー
12:00 ~ 17:00 展示コーナーと吉田のうどんの提供

★富士五湖文化センター(富士吉田市民会館) 2階(大ホール2階入口スペース)
富士五湖アコースティックギタークラブなどによるライブ開催
14:00 ~ (第一部)
16:00 ~ (第二部)


〔実行委員の皆様から、ファンの皆様へのメッセージ〕

・富士吉田市は、厳寒の季節です。
ぜひ暖かい服装でお越し下さい。
半袖短パンは厳禁、ももひき、ヒートテックの下着、手袋、ホッカイロなどは、必需品です。

・防災無線のチャイムについては、富士吉田市内であれば大抵の場所で耳にすることはできますが、志村正彦君の縁の地として有名な場所で防災無線機が設置されているところは、下吉田駅、富士五湖文化センター(富士吉田市民会館)がお勧めです。

・展示コーナーについては、昨年の12月23日、24日に開催された志村正彦展「路地裏の僕たち」のような大々的な規模ではありませんが、精一杯の展示をさせて頂きます。
ぜひご了承下さいませ。

・最後に・・・ファンの皆様へのお知らせが遅くなってしまったこと、心からお詫び申し上げます。

ではファンの皆様、今年もフジファブリック 志村正彦君一色で盛り上がりましょう!

今日の一曲は、もちろん「若者のすべて」です。
志村君の曲が富士吉田に響き渡るなんて・・・、感無量です。
晴れ姿、聴きたかったな・・・。


Thursday, 6 December 2012

「山梨ゆかり 三つの頂」 山梨日日新聞 2012年7月1日付 記事 


ご無沙汰しております。
諸事情により、長いこと更新できずにおりました。

ロイ・クラトーンのお祭り(水神様に、一年水を使わせていただいたことにお礼をする祭り)も終わり、いよいよ乾季かと思いきや、毎日雨が降っております。

ブログを書いているうちにも、雨雲がひろがってきています。
また一雨きそうな予感・・・。もう、降ってきた。

今日は、予定変更してお伝え致します。

「山梨ゆかり 三つの頂」(山梨日日新聞 2012年7月1日付 記事より)

今年の7月1日、山梨日日新聞 創刊140周年を記念して、「『山梨生まれ』を誇る」という特集が紙面でくまれました。

「山梨生まれであることに、誇りと喜びをもとう」

県民でもしらない山梨のいろいろを、山日の記者たちが独自の視点で伝える、とても興味深い特集でした。

その中でも、特に心に残った記事を、今日はご紹介したいと思います。

空晴れ渡る或る日、東京上空から撮られた一枚の写真が、二面にわたり大きく掲載されています。
そこに写るのは、三つの頂き  東京スカイツリー、東京タワー、富士山。


東京スカイツリーのデザインを手がけた設計者の一人が、山梨県甲州市勝沼町出身の土屋哲夫さん。建物の意匠や建物内部の仕様を考えるチームリーダーを務めました。

スカイツリーの建設と運営の中核を担う東部鉄道も、かつて甲州財閥を代表する経営者で、「鉄道王」と呼ばれた山梨市出身の根津嘉一郎さんが、経営を建て直したことで知られています。

次に、東京タワー。
山梨県南アルプス市出身の内藤多仲さんが設計しました。
大阪の通天閣、名古屋テレビ塔も手がけた内藤さん。あだ名は「塔博士」でした。
戦後の復興と成長を象徴する建造物として、日本の発展を見守ってきました。

そして富士山。
日本で一番高い山。古くから信仰の対象であり、文化・芸術面でも、日本人の心から切り離すことのできない山です。

首都から見える山梨ゆかりの三つの頂。私達の誇りです。

今日の一曲は、「Sugar!!」。

音楽も歌詞も、切なく心に響く曲です。
一度も休むことも、止まることもなく、上空で光る星めがけ、全力で走り、頂上に登りきった志村君。


東京タワーを見ては、作曲していたと語っていたあなたを、思い出しました。
志村君、あなたはいつまでも、私達山梨県民のスターです。誇りです。
素晴らしい曲たちを、本当にありがとう。

志村君率いるフジファブリック。
首都から見える山梨ゆかりの四つ目の頂として、これからももっともっと羽ばたいて行って下さい。
心から、応援しています。



Saturday, 10 November 2012

フジファブリックと色 「蒼い鳥」

前回からの続きです。

「蒼い鳥」の歌詞を、通して読んでみて下さい。

蒼い鳥

可能なら 深い海の中から
鼻歌 奏でてごまかしたい

可能なら さらけてしまえたらいい
蒼さに足止めをされている

今、果てしなく吹き荒れる
風の中 立ってる 時が来るのを待つ

羽ばたいて見える世界を
思い描いているよ
幾重にも 幾重にも

昨日の跡がまた増えている
にらんで踏み潰してしまった

今、果てしなく吹き荒れる
風の中 立ってる 時が来るのを待つ

ゆらめいて 消えそうな光
たぐり寄せて ここにいるよ

羽ばたいて見える世界を
思い描いているよ
幾重にも 幾重にも


こうして歌詞を改めて読んでみると、曲の始めに流れる電子チェンバロのようなアルペジオが自然と頭の中に流れ、「蒼」の深さが伝わってきます。

「深い海の中」
「蒼さに足止めをされている」
「吹き荒れる 風の中」

深みのある蒼の世界の中に、突然「ゆらめいて 消えそうな光」。
蒼を一層引き立たせる光。そんなたよりない光を、たぐり寄せてここにいる。


「悪夢探偵」という映画を、皆さんはご覧になりましたか。

「軽率に死のうとした人が、実際死のうとした瞬間にものすごく恐ろしいものが自分を殺しに来て、一生懸命逃げるはめになる」というのが、この映画のコンセプトです。


志村君はこの作品を観て、

「生きていく中一歩間違ったら陥ってしまいそうな、紙一重のことってあると思うんですけど、その紙一重の先に行ってしまった人たちの様子が観られるなって。『怖いけど覗いてみたい』的な感覚が作品になっている」

塚本晋也監督と作品の方向性を確かめあって、見事に一致し書いたという「蒼い鳥」。
元々フジファブリックの大ファンである塚本監督ですが、

「出来てきたデモテープをきいて、エンドレスでずっと聴いていたというぐらい『悪夢探偵』のムードが全体に異様なほど満ちていたので感心した」

と言っています。

映画のエンディングテーマとして書かれた、「蒼い鳥」。
チルチルとミチルの「青い鳥」と、対照的な「蒼い鳥」。

短調できて、曲の最後にポロロロンと鳴る、鍵盤の長調和音。
暗黒の蒼の中で最後、「救われた」ような気分になるのは、私だけでしょうか。

ぜひ映画をご覧になって、志村君の伝えたかった「蒼」の深さを味わってみてください。

今日の一曲は、もちろん「蒼い鳥」です。
映画の予告編の後には、ぜひ歌詞をご覧になりながら、聴くのをお勧め致します。

次回は「蒼い鳥」のカップリング曲、「東京炎上」の中の「赤」について考えてみたいと思います。


Thursday, 8 November 2012

もう11月


今年も残すところ2ヶ月をきりました。
時が経つのは、早いものです。

山梨の家族から「寒くなってきたよ」という言葉を聞くたびに・・・、今年も志村君のご命日が近づいてきたんだなぁ、と思います。
志村君の故郷、富士吉田は、寒い時期の長い土地柄です。それで冬の寒さが志村君のイメージと重なるのでしょうか。

夏に生まれて、冬に天へと帰っていった志村君。
季節の変わり目になると、ふとした瞬間に志村君の音楽が頭をよぎる時があります。


今日は「フジファブリックと色」をテーマに、考えてみたいと思います。

日本人と言うのは、とりわけ色について敏感な民族であるといわれます。
四季の移ろいを通して、多くの色に囲まれてきた日本人は、色彩を楽しむ文化を作り上げてきました。

まず伝統的な日本の着物。
布を染めるためにもっとも使われたのは、植物です。
ベニバナの鮮やかな赤。
刈安の黄色。
紫の語源となったムラサキ。

「和色」といわれる日本の伝統色は、見るものの心を躍らせます。
(「和色」に関しては、こちらのカラーチャートをご覧下さい。和色大辞典
また着物の伝統色に関しては、こちらをどうぞ。着物特有の色・日本の伝統色)

平安時代の宮廷の女性たちは、季節ごとに重ね着の組み合わせを変えて、楽しみました。
今の季節ですと、紅葉を表す赤と黄色の組み合わせが好まれ、屋敷の中にいても、外へ出ても風流な装いを楽しんだのです。


「フジファブリックの音楽の中には、日本人が昔から大切にしてきた感性が、ちりばめられている」と、私は感じているのですが、色についても同じことがいえると思います。

楽曲の歌詞や曲名の中に登場する、とても印象的な色の名。

例えば、特に先月は聴いた方も多かったと思われる「赤黄色の金木犀」の「赤黄色」。
赤と黄を混ぜるとできる橙色、要するにオレンジ色のことです。
「橙色の金木犀」や「オレンジ色の金木犀」より、やはり「赤黄色」という色名を使うことにより、曲名の魅力が増しますよね。


次に、「蒼い鳥」の「蒼」。
常用漢字では「青」を使うことの方が多いのですが、「蒼」と「青」は何が違うのか。

「青」の漢字の下部分は元々「丹」で、青や赤の色の顔料を取るための井戸の形から形成されました。よって、ブルー、「あお」の意味に使うのです。

「蒼」は、「あお」(ブルー)に加え、「しげる」という意味も含まれるため、草が生い茂る「あお」の意味もあります。「蒼穹」は「青空」のことですが、「蒼崖(そうがい)」というと「草の生い茂る崖」のこと。
(今では、「青」にも同様の意味を含ませることもあります。)

曲名に「蒼」という漢字を抜擢したことで、鳥の色に時として茂る緑や、澄み渡る青もイメージとして加わり(「天の蒼々たるは・・・」などの蒼なので)、「青」という色に深みが増す効果があるのではと思います。

また「青い鳥」ですと、童話「青い鳥」で兄妹チルチルとミチルが探し求める幸福の「青い鳥」が曲の伝えるメッセージとは異なるので、あえてそれを避けるために、「蒼」を使ったのかなとも、私は思いました。

次回に続きます。

今日の一曲は、「蒼い鳥」。
個人的に大好きな曲です。「悪夢探偵」という映画のエンディングテーマです。
ストーリーを完結するかのように、最後、エンディングで流れてくる「蒼い鳥」。

志村君が全てのサウンドトラックを担当する映画を、一度観てみたかったな・・・。


Sunday, 28 October 2012

志村正彦君のファンの皆様へ


今日はフジファブリックファン、志村正彦君のファンの皆様に宛てて、あるお願いがあります。
皆様の心の中にある、純粋無垢で素直な場所をオープンにして、私の言葉に耳を傾けて頂けたら幸いです。

以下青色の文字で書かれた文章は、昨年開催された「志村正彦展」実行委員の一員であり、同級生の方からのお願いです。

ファンがお供えした色とりどりの花に囲まれて、花畑のようだった正彦のお墓が、今年の夏ぐらいから様子がおかしいのです。
以前は花だけでなく、コーラもコーヒーも煙草も、時にはファンが置いていったCDや手紙などを見かけたこともありました。それを見る度に、「正彦は今でも、こんなに大勢の人に愛されてるんだなぁ」と、彼の友人として嬉しく思っていました。

ところが、ある一部のファンの人が、ご家族に断りもなく、勝手にお墓の管理をしているようなのです。


善意でやっているとは思いますが、正彦のご家族が望んでいないのであれば、今までどおり、そっとしといてもらいたいです。お墓の管理をするのもご両親の生きがいであり、ファンからのお供え物など、迷惑だなんて感じておらず、感謝の気持ちでいっぱいのはずです。

その方がどんなことをしているのかというと、頻繁に富士吉田に来てはお墓参りをし、お墓に供えてある花が枯れないうちに片付けたり、お墓参りのルールをつくり注意文を提示したり、(お供え物はお花とお線香以外は持って帰るなど)灰皿を勝手においたりしています。

また菩提寺に置いてあるノートについても、ファンが挟んだ手紙を勝手に抜き取ったりしているようです。

そのような行動は、ファンとして一線を越えており、自己満足に近いと思います。

その方のガイドにより、志村正彦の縁の地など、富士吉田市を案内してもらっているファンの人達も、多いと思われますが。
その方のルールはあくまで自分でつくったものであり、ご家族の意思ではないことを認識しておいてほしいです。

多分、正彦だったら、「俺のお墓参りは程々でいいから、自分の先祖のお墓をきれいにしなよ」って言いそうかな?

正彦ゆかりの地も、ファンが自分で行くからこそ感じるものがあるわけだし、それを写真に撮ってみたところで、ただの風景に過ぎません。大多数のファンは、写真では伝わらないものを感じるために、富士吉田を訪れたいと思っているのじゃないですか。

「志村正彦展」でも感じましたが、富士吉田市に訪れてくれている志村正彦ファンは、本当に心暖かい愛情のある人達ばかりで、こんなにすばらしいファンが大勢いる正彦は、俺たちの誇りです。
正彦は、みんなの心の中で永遠に生きているはずなので、みんなの志村正彦として、これからも音楽を通じて大切にしていってほしいです。


同級生の方の思いです。

通常、私達がお墓参りに行くのは、自分の先祖や生前親交のあった大切な方のお墓がほとんどです。なぜならお墓とは、ご先祖様や大切な人がご供養されてある場所であると同時に、お参りする人にとって心の拠り所となる神聖な場所だからです。

亡くなった方のご冥福を祈り、自分とその方との絆を感謝する場所なのです。

それは世に名を知られる人の場合でも同様で、当然のことながら、志村正彦君についても例外ではありません。

皆様ご存知の通り、フジファブリック公式の場所では、志村君のお墓の所在や菩提寺について、一切発表はされておりません。
なぜならば、お墓とは本来、神聖でプライベートな場所であるからです。

今まで正彦君のお墓参りをしたことのあるファンは、

「知り合いから教えてもらった」
「ネットで知った」

という、ある意味、間接的なご縁でいらっしゃった方がほとんどだと思います。

ただ、志村君の場合は若くに急逝したということもあり、昔からのファンはもちろんのこと、亡くなった後にファンになった人は、やり場のない気持ちをどうしていいかわからず、お墓参りをすることで、その悶々とした思いを昇華させているのではないでしょうか。

そのファンの気持ちを温かく受け止め、本来ならばプライベートな場所であるお墓ではありますが、訪ねてくるファン達の意を汲み取り、志村家のご家族はじめご親戚の皆様、また菩提寺さまも、お墓参りを見守って下さってきました。

それは、大勢の皆様の温かいご厚意により、はじめて成り立っていたわけなのです。

お墓以上の適所が思い当たらないファン達は、自分の思いを綴った手紙や、「志村君のために・・・」と持ってきたプレゼント(嗜好品や、小さな贈り物)などを、墓前にお供えしてきました。そしてそれらの品々は、ファンの気持ちに深く感謝する志村家の皆様が、正彦君の代わりに大切に保管してきて下さったときいています。

それがある日を境に、極端に少なくなってしまったのです。

上記で言及されている「菩提寺に置いてあるノート」について。

お参りをすませたファンの皆様はご存知のことと思いますが、菩提寺のご本堂には、或るノートがおいてあります。
これはファンの人達が自由に自分の思いを書き込むためのノートです。
現存する数少ない「志村君とファンが繋がることの出来る場所」として、ファンにとっては心の拠り所となっている大切なものです。

ご住職の深い理解を賜り、ご厚意で置いてくださってあります。法要や年中行事などご多忙にも関わらず、いつ伺ってもご家族皆様で温かく迎え入れてくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。

「あたたかい心も やさしい思いも 行いになって はじめて見える」

菩提寺の門に、掲げてあった言葉です。
仏法を自ら見せて下さる菩提寺の皆様。
ぜひ皆様のご負担にならぬよう、時間帯(早朝、夕方5時以降は避けるなど)に配慮をするなどして、ファンの皆様、報恩と致しませんか。

また、志村正彦君に宛ててあるこのノートは、菩提寺と志村家の方々が管理をし、保管すべきものであるということを、ぜひファンの皆様一人一人にご理解頂きたいと思います。
家から書いてきた手紙を貼ったり、長い時間をかけて志村君への思いを直接ノートに書き込むファンもいます。

皆さんの思いの詰まったノートは、手紙と一緒です。

ファンの皆様は、志村君がファンに頂いたものを、どれほど大切にしていたか知っていらっしゃるでしょう。
特に手紙は、彼にとって特別なものでした。

2009年3月16日付の「志村日記」を読んでみて下さい。

「手紙を下さい。手紙は勇気づけられます。お恥ずかしながら。インディーズの頃から今までファンの皆様から頂いた手紙は全て取って置いてあります。一通たりとも捨ててません。家に保管してあります。」


お墓参りにいらっしゃる志村正彦ファンの皆様。

志村家のお墓には、正彦君の他に志村家のご先祖様も供養されています。
お墓にお供えしてある花、お線香、その他の品々は、全て正彦君と志村家のご先祖様のためにお供えしてあるものです。

お墓を管理し、片付けるのは、志村家のお勤めです。


皆様と同様、一ファンである私が、同級生の方のお願い文に添えて、このようなことをいうのは差し出がましいと重々承知しておりますが、志村君のファンだからこそ、黙って見過ごすわけにはいかないと思いました。

ファンの皆様、どうぞお願い致します。

良識ある行動をもって、志村君への感謝の気持ちとしませんか。

人間には「想像する・推察する」という、素晴らしい能力があります。
最愛の家族や友人を亡くした方の気持ちは、どういうものか。

どうぞお察し下さい。

宜しくお願い致します。