(以下抜粋)~ お墓の管理をするのもご両親の生きがいであり、ファンからのお供え物など、迷惑だなんて感じておらず、感謝の気持ちでいっぱいのはずです。
~「志村正彦展」でも感じましたが、富士吉田市に訪れてくれている志村正彦ファンは、本当に心暖かい愛情のある人達ばかりで、こんなにすばらしいファンが大勢いる正彦は、俺たちの誇りです。正彦は、みんなの心の中で永遠に生きているはずなので、みんなの志村正彦として、これからも音楽を通じて大切にしていってほしいです。
This website is dedicated to the rock band group Fujifabric. I hope that through this site, as many people as possible will be able to discover their music and songs. This site offers an English translation of all their lyrics. In the posts on the blog, brief insights, which give some back ground and explanation to the many reference made in the lyrics to Japanese traditions, culture and life. Looking forward to feedback and comments! Enjoy!
(以下抜粋)~ お墓の管理をするのもご両親の生きがいであり、ファンからのお供え物など、迷惑だなんて感じておらず、感謝の気持ちでいっぱいのはずです。
~「志村正彦展」でも感じましたが、富士吉田市に訪れてくれている志村正彦ファンは、本当に心暖かい愛情のある人達ばかりで、こんなにすばらしいファンが大勢いる正彦は、俺たちの誇りです。正彦は、みんなの心の中で永遠に生きているはずなので、みんなの志村正彦として、これからも音楽を通じて大切にしていってほしいです。
(路地裏の僕たち カズ君 2022年元旦 新倉浅間神社にて 撮影)
フジファブリックファンの皆様
あけまして おめでとう ございます
ファンの皆様には 新春を穏やかにお過ごしのことと 存じます
旧年中には 拙いブログを応援いただき 誠にありがとうございました
今年もどうぞ よろしく お願い申し上げます
フジファブリック 志村正彦さんのご活躍と ファンの皆様のご多幸を 祈念するとともに 新春のご挨拶と かえさせて頂きます
2022年 新春
Fujifabric International Fan Site
杉山麻衣
今年も、12月24日を迎えました。
フジファブリックファンの中には、クリスマスイブで華やぐ街を見ながら、複雑な思いで今日という日を過ごされる方も多いのではないでしょうか。
今年も、志村正彦さんは大躍進をとげました。
高校音楽の教科書に「若者のすべて」が採用されたこと。
高校国語の副読本に「桜の季節」の歌詞が採用されたこと。
富士吉田市「文化芙蓉賞」を受賞したこと。
富士急行線下吉田駅で、「若者のすべて」と「茜色の夕日」が列車接近音として流れるようになったこと。
どれをとっても大変嬉しく、誇らしいニュースばかりでした。
路地裏の僕たちのみんながラジオでも言っていた
「まーくん、偉人だね!」
の言葉に集約されています。ロックというジャンルを超え、世代を超え、みんなに愛される楽曲の素晴らしさが、改めて評価されたのだと思います。フジファブリックは、2004年4月14日にメジャーデビューしました。2009年12月24日というバンドの運命を変える日を経ても、時は止まることなく、志村君の諸々はずっと続いています。
「これからなんですよね、真価が問われるのが」
「FAB BOOK」(角川マガジンズ 2010/06/01)の表紙に書かれている志村君の言葉です。
ご本人不在の中、途切れることなく、常に何かが動き続けていた12年間。そして、2021年、コロナ禍にありながら、まさに「真価」が評価された年だったのではないでしょうか。
2022年には、どんな活躍を見せてくれるでしょうか。楽しみですね!
今日の一曲は、「茜色の夕日」です。今年は夕方5時のチャイムだけでなく、下吉田駅のホームでも響いています。
本日、2021年12月22日(水)より、富士急行線・下吉田駅の列車接近音が、「フジファブリック」の楽曲に変更されます。フジファブリックの代表曲「若者のすべて」と、志村君の思い入れが強い楽曲として知られる「茜色の夕日」が選曲されました。
列車接近アナウンスの後に40秒ほど各楽曲が流れます。
①「若者のすべて」河口湖方面行き (1・2番線共通)
②「茜色の夕日」大月方面行き (1・2番線共通)
ご本人の声がそのまま流れる列車接近音は、全国的にも大変珍しいそうです。
また、下吉田駅のホーム上には、志村正彦さんのプロフィールや楽曲の紹介を記載したパネルが常設されるほか、オリジナルデザインのヘッドマークとポスターを掲出した列車も(2021年12月22日(水)~1月10日(月祝)の20日間限定で運行されます。
詳しくは、こちらをご覧ください。富士急行 志村正彦特設サイト
関係者による除幕式が行われた後、15時より、いよいよ列車接近音が流れます。
志村君の愛した地元の駅で、毎日フジファブリックの曲が流れることは大変晴れがましく、喜ばしいことです。
志村君の同級生、渡辺千春さんが「電車の接近音を、フジファブリックの楽曲にしたらどうだろう」と思い立って下さったこと。フジファブリックの楽曲が教科書や副読本に選ばれたことをはじめ、地元の高校生の活動など、世の中がフジファブリックの楽曲の真値に気付き始めたこと。
たくさんの「偶然」と「奇跡」がありました。
富士急行社員の皆様はじめ、企画に携わった方々が決してあきらめることなく、コロナ禍にありながらも数々の難関を乗り越え、「すべての人の心に響く、志村正彦さんの歌声・音楽が、この先もずっと在り続けるように」との願いを込めて、実現にこぎつけて下さいました。心から感謝しております。ありがとうございます。
そして志村君、下吉田駅デビュー、おめでとうございます。ご本人不在の中、大躍進の1年でした。これからもきっとファンを飽きさせることなく、活躍し続けてくれることと思います。
ファンの皆様、クリスマス明けには厳しい寒さが予想されます。(天気予報は、こちらをチェック 富士吉田市の10日間天気)いらっしゃる際には、ぜひ防寒対策をしっかりなさって、駅や街中では路面凍結に注意をし、富士吉田の旅を楽しんで下さい!
~芙蓉文化賞とは~ 一般財団法人富士吉田文化振興協会設立の 主旨に基づき、富士北麓地域において特に 優れた文化的業績を挙げ、広く国内外の評価 を受けて活躍中の個人または団体を顕彰し、 この地域の文化向上に資することを目的と して平成7 年に制定する。(一般財団法人富士吉田文化振興協会 「芙蓉文化賞」引用)志村さんが不在の12年を経てのこの度の受賞が、「今」を点として見てしまいがちな現代の私達に、大切なメッセージを伝えてくれているように思います。 活動中のバンドでさえ、次々と転落し、消えていってしまう厳しい音楽の世界。フジファブリックというバンドが継続する一方、志村さんご自身も、楽曲自体も、そのままの姿で存在し続けてきました。
今日は皆様に、素晴らしいお知らせがあります。
志村正彦さんの故郷、富士急行線「下吉田駅」にて、フジファブリック「若者のすべて」「茜色の夕日」が列車接近曲として流れることとなりました。志村正彦さんの歌声が、オリジナル音源からそのまま使用されるという、全国初の試みです。今夏の実施に向けて、着々と準備中。随時情報公開をしていきます。
詳細は、各サイトをご覧ください。
富士急行ホームページ:富士急行線 公式ホームページ
フジファブリックオフィシャルサイト:フジファブリック Official Website
列車接近メロディーは、列車接近案内音ともいわれ、列車接近・通過時に列車が接近することを知らせる音・メロディーのことです。一日に大月行き33本、河口湖行き33本、計66本の列車が、下吉田駅から発着します(平日・土休日 2021年7月10日現在)。それに伴い、1日に66回、フジファブリックの楽曲がホームに流れ、自然と利用客の皆様の耳に入るようになります。また下吉田駅は、同バンド曲「浮雲」の舞台となった新倉山浅間公園(愛称、忠霊塔)の最寄り駅としても知られ、桜や夏の富士登山の季節には多くの観光客がこの駅を利用します。下吉田の街を訪れる日本人・外国人の皆様が、フジファブリックの音楽と出会うきっかけにもなります。
志村さんの母校、富士吉田市立下吉田第一小学校から徒歩5分という場所に下吉田駅は位置し、まさに志村少年のホームグラウンドといえる下吉田駅周辺。駅前の広場に立って周りを見回すと、この街が四方を山に囲まれた土地柄であると実感すると共に、フジファブリックの楽曲が次々と頭に浮かんできます。
自家用車で移動することが多い山梨県民にとって、電車を利用する機会はそれほど多くありませんが、年に一度だけ、富士急行線が地元民でごった返す日があります。それは河口湖湖上祭が開催される8月5日です。この日は、河口湖方面行きの電車が増便されますが、それでも電車内はすし詰め状態。花火と共に甦る、満員電車の思い出です。
下吉田駅の駅舎は2009年7月に改築されたため、おそらく志村さんの思い出にある駅舎は改築前の古い駅舎であったのではないかと思います。新駅舎で日々響くようになる志村さんの歌声は、富士吉田に還った志村さんの新たな歩みを象徴している気がしてなりません。