今日は短い記事を一つ。
私の愛読書、「ネイティブ・アメリカン=叡智の守りびと」(スティーブ・ウォール+ ハービー・アーデン著 船木アデルみさ訳 築地書館)からの一節です。
何千年にも渡って受け継がれてきた先住民の叡智がおしえる薬草や儀式、踊りなどをもって、心や体の病を治すメディスン・マン(ウーマン)という人達が、アメリカンインディアンにはいます。
そのうちの一人、チャーリー・ナイト(ユート族)は楽器を奏で歌を歌い、こう言います。
「これであんたらはチャーリーという人間がわかったはずだ。わしの歌を知ったら、チャーリーを知ったことだ。みんな自分の歌を持っているんだ。神様は一人ひとりの人間に歌を授けてくれる。それによってみんな自分が誰であるかがわかるんだ。わしらの歌はわしらが誰であるかを教えてくれる。…(中省略)…どの歌を歌うかはわしの中にいる小さな人が教えてくれる。小さな人は神様のもとからやって来てチャーリーに歌を教えるんだ。歌を覚えるためにはその小さな人に耳を傾けなきゃいけないんだ。」
これはあくまでインディアンのメディスン・マンの話ですが、何となく志村君の作るフジファブリックの曲に同じものを感じるのは私だけでしょうか。
フジファブリックの曲を聴くと突如、独特の世界が広がり(いつもこのブログでいっている「フジファブリック・ワールド」のこと)、志村君を感じ、彼にしかできない曲がある。
病を治さないまでも、私達が苦しい時や悲しい時、嬉しい時にも心に寄り添ってくれるというファンはとても多いです。メディスン・マンの言葉を読んで、志村君が魂込めて書いていた曲の数々とちょっとダブりました。
今日の一曲は、「セレナーデ」です。一種独特の世界観で、イントロから一気にフジファブリック・ワールドに引き込まれます。これが「志村君」なのかなぁ…。
今日もまだ、You Tubeにリンク出来ませんが、ぜひお聴き下さい。
「志村正彦展」まで、あと15日。志村君がツアー・ファイナルにいつも言っていた言葉…「このツアーをしてくれたスタッフに拍手!来てくれたお客さんに拍手!そしてフジファブリックに拍手!」
私も真似をして…「企画スタッフの方々、ご苦労様です!全国から来て下さるファンの方々、ありがとう。そして…志村正彦くん、万歳!!」
This website is dedicated to the rock band group Fujifabric. I hope that through this site, as many people as possible will be able to discover their music and songs. This site offers an English translation of all their lyrics. In the posts on the blog, brief insights, which give some back ground and explanation to the many reference made in the lyrics to Japanese traditions, culture and life. Looking forward to feedback and comments! Enjoy!
Wednesday, 7 December 2011
Tuesday, 6 December 2011
フジファブリックらしさ
2007年9月号のRockin' On JAPANを読んでいましたら、志村君が曲紹介より「フジファブリックとは、何だろう。」と語っている興味深い記事がありましたので、ご紹介致します。
2007年9月5日にリリースされた「パッション・フルーツ」に関するインタビューです。「Surfer King」と同様、「フェスやツアーで盛り上がる曲」を意識して書いた曲だそうですが、曲紹介の後、話はフジファブリックのオリジナリティーについて進んで行きます。
フジファブリックのオリジナリティー、アイデンティティー、いうなれば「フジファブリックらしさ」について。
インタビュアーさん(「FAB BOOK」の小松香里さん)がいう通り、確かにフジファブリックは年齢とか世代観などが全然結び付いていなくて、それがバンドの面白さになっていると思います。
クラシック、ジャズ、民謡、エスニック、70年代のUKロック、昭和の歌謡曲、ハードロック、古き良き日の少年合唱団、ゴスペルなど、フジファブリックの音楽には実に多くのエッセンスが入っていて、ざっと私に考えられるだけでもこれだけあります。
なぜこれほどいろいろな事に、挑戦するのか。
志村君は語ります。
「理想とするのは、もうイントロが始まっただけで『おお、フジファブリックだね。』みたいなもの。将来的にはそういうふうになりたいんです。普遍性のあるメロディーがちゃんとあるバンド。」
そこに行き着く為に、あえて音楽的チャレンジャーになり、いろいろなネタを試してみることにより、「一筋縄ではいかないバンド」を確立したいという思いがありました。
「どこにも属さない。」のではなく、「どこにも属せない。」。
フジファブリックは、決して型にハマらない。
「このバンドは、何をやるかわからないぞ。何かやってくれるぞ。」というのが魅力のバンドでありたいと、志村君は思っていました。
でもその立ち位置は、一見心地良い様に見えて、実はとても不安定であるともいえます。唯の「ゴチャゴチャバンド」になってしまう危険性もあるわけですが、志村君はそこを天性の才能と努力で、「フジファブリック」を見事に築き上げました。
彼自身「そこは不安なとこでもあるんですけど、ちゃんと追求していきたいと思う。」と言い続け、そのスタンスを崩すことなく、ずっとずっと最後まで貫き通しました。
5つのアルバムを見てみると、多くのことにチャレンジし、上手に「フジファブリック」色になっている。そして曲の奥底には「フジファブリック」独特の「何か」が、一本通っている。
簡単なように聞こえるけれど、それはそれは大変な苦労だったと思います。そしてその理想を現実にできた志村正彦君は、本当に立派でした。
「志村正彦展」では、きっとそんな彼の軌跡も見られるのかな、と思います。
残すところ、あと17日。
志村君が如何に頑張っていたのか、皆さんぜひ見に来て下さい。
今日の一曲は、「Taifu」です。
こんな曲を書ける人は、もう現われないと思います。
機械の事情で、You Tubeにリンクできませんが、ぜひお聴きになって「フジファブリックらしさ」を感じて見て下さい。
2007年9月5日にリリースされた「パッション・フルーツ」に関するインタビューです。「Surfer King」と同様、「フェスやツアーで盛り上がる曲」を意識して書いた曲だそうですが、曲紹介の後、話はフジファブリックのオリジナリティーについて進んで行きます。
フジファブリックのオリジナリティー、アイデンティティー、いうなれば「フジファブリックらしさ」について。
インタビュアーさん(「FAB BOOK」の小松香里さん)がいう通り、確かにフジファブリックは年齢とか世代観などが全然結び付いていなくて、それがバンドの面白さになっていると思います。
クラシック、ジャズ、民謡、エスニック、70年代のUKロック、昭和の歌謡曲、ハードロック、古き良き日の少年合唱団、ゴスペルなど、フジファブリックの音楽には実に多くのエッセンスが入っていて、ざっと私に考えられるだけでもこれだけあります。
なぜこれほどいろいろな事に、挑戦するのか。
志村君は語ります。
「理想とするのは、もうイントロが始まっただけで『おお、フジファブリックだね。』みたいなもの。将来的にはそういうふうになりたいんです。普遍性のあるメロディーがちゃんとあるバンド。」
そこに行き着く為に、あえて音楽的チャレンジャーになり、いろいろなネタを試してみることにより、「一筋縄ではいかないバンド」を確立したいという思いがありました。
「どこにも属さない。」のではなく、「どこにも属せない。」。
フジファブリックは、決して型にハマらない。
「このバンドは、何をやるかわからないぞ。何かやってくれるぞ。」というのが魅力のバンドでありたいと、志村君は思っていました。
でもその立ち位置は、一見心地良い様に見えて、実はとても不安定であるともいえます。唯の「ゴチャゴチャバンド」になってしまう危険性もあるわけですが、志村君はそこを天性の才能と努力で、「フジファブリック」を見事に築き上げました。
彼自身「そこは不安なとこでもあるんですけど、ちゃんと追求していきたいと思う。」と言い続け、そのスタンスを崩すことなく、ずっとずっと最後まで貫き通しました。
5つのアルバムを見てみると、多くのことにチャレンジし、上手に「フジファブリック」色になっている。そして曲の奥底には「フジファブリック」独特の「何か」が、一本通っている。
簡単なように聞こえるけれど、それはそれは大変な苦労だったと思います。そしてその理想を現実にできた志村正彦君は、本当に立派でした。
「志村正彦展」では、きっとそんな彼の軌跡も見られるのかな、と思います。
残すところ、あと17日。
志村君が如何に頑張っていたのか、皆さんぜひ見に来て下さい。
今日の一曲は、「Taifu」です。
こんな曲を書ける人は、もう現われないと思います。
機械の事情で、You Tubeにリンクできませんが、ぜひお聴きになって「フジファブリックらしさ」を感じて見て下さい。
Tuesday, 29 November 2011
甘酒
久しぶりの更新です。こちらバンコクは乾季に入り、過ごし易い季節となりました。
一部地域では未だに水が引かずにいますが、そんな水浸しの街とは対照的に、上を見上げれば日本の秋のような高く澄んだ青空が広がっています。もうすぐタイは、ツバメとトンボの季節です。
日本は、11月とは思えない暖かさだそうですね。
皆さんの住む街は、いかがですか。
依然手元に資料が無いので、今日は記憶を頼りに記事を書きたいと思います。
フジファブリックがデビューして間もない頃、何かのインタビューで志村君が「好きな食べ物、嫌いな食べ物を教えて下さい。」という質問に、「好きなものはメンマと甘酒。嫌いなものは肉の脂身ともずく酢。」と言っていたのを、思い出しました。
記憶が定かでは無いので恐縮ですが、以前テレビの音楽チャンネルでフジファブリックの特別番組を放送した時に、志村君は自分のおばあちゃんの作った甘酒が大好きで、その作り方を「3分クッキング」風に紹介していたことがあったと思います。
東京以南に住む皆さんからすると、山梨の冬は寒いです。盆地にある比較的温かい甲府でも、真冬はマイナス6,7度に下がる日もあります。普通の日でも、マイナス2,3度といったところでしょうか。
富士吉田は甲府よりも、大体5度程最高気温も最低気温も低く、雪も降ります。2010年の4月には、春の雪がふりましたっけ。
そのような気候ですから、甘酒の美味しさは格別です。
山梨だと麹よりも酒粕で作る甘酒の方が、一般的だと思います。(経験則に基づいているだけで、本当かどうかはわかりませんが…)志村君が紹介していたレシピも、酒粕の甘酒でした。
確か、
酒粕を一晩水に浸しふやかす。
火にかけ、弱火で焦がさないようにかき混ぜる。
お好みの量の砂糖を加え、最後に生姜の絞り汁をいれる。
というものだったと思います。
寒い日に学校から帰って来て、こたつで甘酒を飲むのは、冬の楽しみの一つです。志村少年も、冬の楽しいそして美味しい一コマとして、懐かしく思い出したのかも知れません。
今日の一曲は、「黒服の人」です。
大切な人を亡くし、故人を送り出す告別式の様子が歌われていて、ロックには珍しい題材を扱った曲として知られています。富士吉田の冬の情景が、目に浮かぶようです。あの頃はセレモニーホールなどというものはまだ無くて、皆家から故人を送り出していました。
今日もYou tubeのリンクが貼り付けられなくて、申し訳ありません。ぜひお聴きになってみて下さい。
一部地域では未だに水が引かずにいますが、そんな水浸しの街とは対照的に、上を見上げれば日本の秋のような高く澄んだ青空が広がっています。もうすぐタイは、ツバメとトンボの季節です。
日本は、11月とは思えない暖かさだそうですね。
皆さんの住む街は、いかがですか。
依然手元に資料が無いので、今日は記憶を頼りに記事を書きたいと思います。
フジファブリックがデビューして間もない頃、何かのインタビューで志村君が「好きな食べ物、嫌いな食べ物を教えて下さい。」という質問に、「好きなものはメンマと甘酒。嫌いなものは肉の脂身ともずく酢。」と言っていたのを、思い出しました。
記憶が定かでは無いので恐縮ですが、以前テレビの音楽チャンネルでフジファブリックの特別番組を放送した時に、志村君は自分のおばあちゃんの作った甘酒が大好きで、その作り方を「3分クッキング」風に紹介していたことがあったと思います。
東京以南に住む皆さんからすると、山梨の冬は寒いです。盆地にある比較的温かい甲府でも、真冬はマイナス6,7度に下がる日もあります。普通の日でも、マイナス2,3度といったところでしょうか。
富士吉田は甲府よりも、大体5度程最高気温も最低気温も低く、雪も降ります。2010年の4月には、春の雪がふりましたっけ。
そのような気候ですから、甘酒の美味しさは格別です。
山梨だと麹よりも酒粕で作る甘酒の方が、一般的だと思います。(経験則に基づいているだけで、本当かどうかはわかりませんが…)志村君が紹介していたレシピも、酒粕の甘酒でした。
確か、
酒粕を一晩水に浸しふやかす。
火にかけ、弱火で焦がさないようにかき混ぜる。
お好みの量の砂糖を加え、最後に生姜の絞り汁をいれる。
というものだったと思います。
寒い日に学校から帰って来て、こたつで甘酒を飲むのは、冬の楽しみの一つです。志村少年も、冬の楽しいそして美味しい一コマとして、懐かしく思い出したのかも知れません。
今日の一曲は、「黒服の人」です。
大切な人を亡くし、故人を送り出す告別式の様子が歌われていて、ロックには珍しい題材を扱った曲として知られています。富士吉田の冬の情景が、目に浮かぶようです。あの頃はセレモニーホールなどというものはまだ無くて、皆家から故人を送り出していました。
今日もYou tubeのリンクが貼り付けられなくて、申し訳ありません。ぜひお聴きになってみて下さい。
Monday, 21 November 2011
水害お見舞い申し上げます
日本の、そして世界の方々に、フジファブリックの素晴らしさをご紹介するのがこのブログの目的でありながら、なかなか記事を更新出来ず申し訳ありません。
志村君、ごめんなさい。
タイに戻って参りました。
先日日本でもニュースになっていましたが、タイでは大規模洪水が発生し、テレビで見るよりもずっと深刻な状態になっております。私事で恐縮なのですが、我が家も多大なる被害を被ってしまい、未だに家へはボートでしか帰ることができず、持ち出せる荷物が最低限に限られてしまうため、フジファブリックに関連する資料を家から持ってくることが出来ないままでいます。
これから1ヶ月の間は、いつも以上に?勝手な妄想と想像の溢れるフジファブリック記事になるかもしれませんが、お許し下さい。今回の日本帰国中に入手した資料を見ながら、出来るだけのことをしたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。
愛するタイの皆さん、お見舞いを申し上げます。
洪水で亡くなった500人を越す方々、心からお悔やみ申し上げます。
日本とタイに深い所縁のある者として、今年程悲しい年はありませんでした。「折れちゃいそうな 心だけど 君からもらった 心がある」
今日の一曲は、「ルーティーン」ですが、先述の諸事情によりYou Tubeの映像をリンクできません。こんな時だからこそ、心に響き寄り添ってくれる「ルーティーン」。名曲です。ぜひお聴き下さい。
志村君、ごめんなさい。
タイに戻って参りました。
先日日本でもニュースになっていましたが、タイでは大規模洪水が発生し、テレビで見るよりもずっと深刻な状態になっております。私事で恐縮なのですが、我が家も多大なる被害を被ってしまい、未だに家へはボートでしか帰ることができず、持ち出せる荷物が最低限に限られてしまうため、フジファブリックに関連する資料を家から持ってくることが出来ないままでいます。
これから1ヶ月の間は、いつも以上に?勝手な妄想と想像の溢れるフジファブリック記事になるかもしれませんが、お許し下さい。今回の日本帰国中に入手した資料を見ながら、出来るだけのことをしたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。
愛するタイの皆さん、お見舞いを申し上げます。
洪水で亡くなった500人を越す方々、心からお悔やみ申し上げます。
日本とタイに深い所縁のある者として、今年程悲しい年はありませんでした。「折れちゃいそうな 心だけど 君からもらった 心がある」
今日の一曲は、「ルーティーン」ですが、先述の諸事情によりYou Tubeの映像をリンクできません。こんな時だからこそ、心に響き寄り添ってくれる「ルーティーン」。名曲です。ぜひお聴き下さい。
Thursday, 17 November 2011
延期になっていた志村正彦展 開催日時と場所のお知らせ
フジファブリックファンの皆様、お待たせ致しました。
延期になっていた「志村正彦展」 開催日時と場所の詳細が発表されましたので、ここにお知らせ致します。
日時 : 12月23日(金)、24日(土)場所 : 富士吉田市民会館(富士五湖文化センター) 3階 市民ギャラリー
AM10時 ~ PM5時
山梨県富士吉田市緑ヶ丘2-5-23
交通アクセスなどについては、こちらのホームページをご参照ください。
ふじさんホール 富士吉田市民会館・富士五湖文化センター
思い出の富士吉田凱旋ライブを開催した富士吉田市民会館にて、開催されることとなりました。
志村君ご本人にとっても、ご家族や地元の友人、全国のファンにとっても忘れることのできないあの市民会館です。
運命的なものを感じるのは、私だけでしょうか。
「この新町から、偉大な音楽家が出たということを、皆さんに知っていただきたい。」という、新町連合自治会の皆さんの思いから始まったこの企画展。その大切な思いは変わらぬまま、正彦君の同級生と地元ファンに引き継がれました。
今まで行われた様々なフジファブリック企画展の中で、今回のものがなぜ特別なのか。
一つは、志村君が愛した故郷で行われるものだということでしょう。
多くの楽曲の底に流れる富士吉田を肌で感じながら、彼の思い出の品々を見られる幸せは、なかなか味わうことができない貴重なものです。
更にこの企画展が、「フジファブリック 志村正彦」になる前から彼を知る、地元の同級生やファンで企画・開催されるということです。
そこに、よこしまな動機が入り込む余地はありません。皆の思いは唯一つ、「志村正彦が、どれほどがんばったのか見てもらいたい。彼の偉業と音楽を、多くの人に知ってもらいたい。」。
ただ、それだけです。
そして当然のことながら、この企画展が志村君のご両親の協力なくして実現することはありませんでした。
陳列される品々のほとんどが、正彦くんのご実家から提供されるものだからです。
大切な息子さんの思い出の品々を公開することを、快く承諾して下さったご両親の思い。
きっと全国のファンに、とっておきの「ありがとう」の気持ちを込めたクリスマスプレゼントなのかな、と思いました。
こんなことだけを考えても、特別な企画展になること間違いなしです。
ファンの皆さん、ぜひこの機会に富士吉田にいらして下さい。
富士吉田の街、そのものが「志村正彦展」の一部であることを、肌で感じて頂けたら幸いです。
Saturday, 5 November 2011
「志村正彦展」によせる皆さんの温かい気持ち
11月2日、富士急ハイランドに行ってきました。首都圏の人たちには「絶叫マシーンいっぱいの遊園地」として、フジファブリックファンには「夢のステージ」として知られている富士急ハイランドです。
帰り道に志村君ゆかりの場所を通っていたら、フジファブリックファンらしき方々の姿をちらほらとお見かけしました。
後から聞きましたところ、「志村正彦展」がキャンセルになった後でも「11月2,3日に富士吉田に来るつもりだったので、そのまま予定続行することにしました。」というファンの方が、何人も富士吉田にいらしていたそうです。
地元の文化祭を老人福祉センターで催している最中だった自治会や関係者の方々も、「せっかく遠方から、正彦君のために来てくれたんだから。」と、訪れたファンを忠霊塔や菩提寺にご案内して下さっていたと聞きました。
「企画展はなかったけど、志村君のふるさと富士吉田を、そして志村君を肌で感じられてよかった。来て本当によかったです。」と、ファンの皆さんがおっしゃっていたともききました。
わざわざ企画展が延期になったと知りながらも富士吉田までいらしてくださったファンの皆さん、正彦君を思い、温かいお心遣いをしてくださった新町連合自治会や老人福祉センターの皆さん、その他関係者の方々のお気持ちに、感動いたしました。
「志村正彦くんのファンでよかった。」と山梨を、志村正彦君を誇りに思い、胸がいっぱいになりました。
きっとこれから、フジファブリックファンは増え続けていくんだろうと思います。
昔からのファンに、彼が亡くなった後から好きになったファンが加わり、「一生、フジファブリックファンです。」という人の数は、増えていっても減ることはないとファンの一人として確信があるからです。
そして純粋に志村君のことを想い、彼の作った音楽を評価する人たちの気持ちが大きな原動力となり、志村君と彼の遺した曲たちは新たなる人生を歩みだすのだと思います。
今回富士吉田までいらしてくれたファンの皆さん、新町連合自治会の皆さん、老人福祉センターの皆さん、そしてその他関係者の皆さん、本当にありがとうございました。誰かを思う気持ちの大切さ、すばらしい感動をいただきました。
今日の一曲は、「茜色の夕日」。
夕焼けがきれいな季節ですね。フジファブリックの名曲中の名曲です。
Friday, 4 November 2011
南アルプスと富士山
今朝は、とってもきれいに甲府から山が見えました。(タイの洪水被害のため、予定を大幅変更して、まだ山梨に滞在中。ご心配くださりメールを下さった皆様、どうもありがとうございました)
ちょうど上の写真のような感じでした。(上は甲斐芙蓉ゴルフクラブからみた、南アルプス。2011年3月撮影)
甲府盆地は山に囲まれていますので、いつでも山が見えるような印象がありますが、
実は雨や雪が降るとモヤがかかってはっきり見えません。
また水蒸気があがってくるので、お昼の12時をすぎると晴れていても山の輪郭がぼんやりする日もあります。
「毎日富士山が見られて、うらやましいです。」というメールを、フジファブリックのファンの方にいただくことがあるのですが、実は水蒸気やら雲やらの影響で、毎日見えるわけでもないのです。
富士吉田でも同様で、「富士山の気の向くまま」という表現が適切かはわかりませんが、夏だと晴れていても雲に覆われていて見られないこともありますし、土砂降りの雨の中でも突然きれいな姿を見せてくれたり、とにかく不思議な山です。
私は個人的に「青い」富士山が大好きですが、そのような「青い」富士山をはっきりきれいに撮影するにはやはり朝方がお勧めです。
午後には白くぼやけることが多いのと、今の季節は日の入りが早いので夕方4時過ぎになると、富士山が夕焼けを受けてピンクや紫色になってしまうのです。
「富士山と紅葉」という日本的な構図で写真を撮りたいと思っているファンの方、早起きしてぜひきれいな写真を撮ってみてください。
きっと富士吉田のいい思い出になると思います。
今日の一曲は、「銀河」。
朝晩10度以下まで冷え込んできた富士吉田の街。ストーブがしまえるのは、一年のうちに3ヶ月ないなんて、きっと他県の人は想像もしていないでしょう。
澄み切った星空の季節がいよいよ到来です。
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